11 フェリクスは想い人に弱い
シュミット家の屋敷に戻る馬車の中は、気まずい雰囲気に包まれていた。
フェリクスは隠しごとをされていた苛立ちを表に出してしまわないようにするあまり、表情も取り繕えていない。
(情けないことだが、メアリに八つ当たりするよりずっとましだ)
そう思える程度に頭は冷静なのだが、フェリクスはどう話を切り出せばいいのかずっと考えあぐねている。
フェリクスが迷っている間に、話はメアリのほうから切り出された。
「……申し訳ありませんでした、フェリクス様」
突然の謝罪に、フェリクスは逸らしていた視線をすぐさまメアリに向ける。
見ればメアリは思い切り眉尻を下げており、視線は足下に向けたままだ。
内心で大いに慌てたフェリクスは、努めて冷静に言葉を返した。
「謝罪、ですか。何に対して謝っているのです?」
「フェリクス様に内緒で王城まで来てしまったことです」
「そのことですか。謝る必要はありませんよ。メアリはすでにシュミット家の一員のようなものです。相応の準備さえしていればいつでも足を運んでくださって構わないのですよ」
心のどこかでまだ隠しごとに対する不満が残っているのか、フェリクスの声は少し硬い。その上、必要以上に喋ってしまう。
自分でそれがわかっているというのに、フェリクスの口は止まらなかった。
「入城が禁止されているわけでもありませんし、きちんと準備もしてこられたでしょう? 迷惑行為をするわけでもないのですから、僕の許可は必要ありません」
「ですが、あまり愉快ではなかったでしょう?」
「っ」
フェリクスの言葉を止めてくれたのは、メアリの核心をつく一言だった。
愉快ではない。それは今のフェリクスの心情を正しく現わす言葉だ。
思わず息を呑むと、メアリは穏やかな声で話を続けた。
「内緒にする必要なんてありませんでした。誰だって何かを秘密にされたら嫌な気持ちになるではないですか」
ささくれ立っていた心が一気に凪いでいくのを感じ、ここでようやくフェリクスは、自分がただこの気持ちをわかってもらいたいだけなのだと理解した。
(幼稚だな、僕は。それに引き換えメアリはずっと年下だというのに……すごい女性だ)
先ほどまで抱えていた負の感情が見事に消え去っている。
フェリクスは心の中でメアリに深く感謝しながら静かに息を長く吐くと、ようやく笑みを浮かべた。
「では、メアリの謝罪を受け入れることにいたしましょう」
「はい。本当にごめんなさい」
「いいのですよ。それで、僕に内緒で王城に来たことで何か収穫はありましたか?」
「……フェリクス様、ちょっと意地悪です」
「それは申し訳ありません」
冗談を交える余裕も生まれ、今度はメアリもクスッと笑う。
先ほどまでの気まずい雰囲気は、もうそこにはなかった。
「王太子殿下にご挨拶ができましたし、王女殿下方とお知り合いになれました。まさかお茶会に参加することになるとは思っていませんでしたが……」
「王女殿下方は交流がお好きですからね。きっとまた誘われることでしょう」
「緊張しますが、光栄なことです。あとは、ペンドラン侯爵令嬢が今度二人で出掛けましょうと……」
クラウディアの名が出たことで、フェリクスはピクリと眉を動かした。
彼女の名前を聞くとどうしても警戒してしまうが、今日見かけたメアリとクラウディアはそこまで悪くない雰囲気だったと思い直す。
まさか二人で出かける誘いまでしているとは思っていなかったため、先に心配が口をついて出てしまった。
「それは、大丈夫なのですか?」
「パーティーの時のような雰囲気はもうありませんでしたよ。それどころか、その。私たちを応援しているようなことをおっしゃっていました」
「……あのペンドラン侯爵令嬢が?」
「ええ。少し気になるところはありますが……その辺りは時間が解決するかと」
「メアリがそう思うのであればそうなのでしょうね。わかりました。行きたいのであれば好きにして構いませんよ。ただし、何か困ったことがあれば絶対に報告してください」
「はい、ありがとうございます」
にわかに信じられない話ではあるものの、メアリの洞察力の鋭さはフェリクスも身をもって知っている。
カリーナからの報告も上がることであるし、フェリクスはメアリを信じてしばらくは様子を見守ることに決めた。
会話が途切れた頃、ようやく屋敷に到着した。
フェリクスは穏やかな心持ちで馬車の停車を待ち、いつものようにメアリをエスコートする。
だがどことなくメアリの様子がおかしい。
まだなにか気になることでもあるのかと心配になったフェリクスが声をかけようとした時、メアリが意を決したように顔を上げた。
「あの! 実は、今日はもう一つ収穫があったのですけれど」
「おや、なんでしょう」
フェリクスを見上げるメアリの顔は赤くなっており、目が泳いでいる。
こんなメアリの様子は珍しい、とフェリクスは驚いて目を丸くしてしまった。
「お仕事をしているフェリクス様は、普段見ることのできないお姿で……その。っ、とてもかっこよかったです! で、では! また夕食の時に!」
言うだけ言って足早にその場を去っていくメアリの背を、フェリクスは呆然と見送った。
彼女の姿が見えなくなるまで立ち尽くすうちに、じわじわと言われた言葉の意味を理解し、顔が熱くなっていく。
「言い逃げをするとは……」
赤面した自分の顔を見られなくて済んだため、ある意味よかったと言えなくもないが、してやられた気はする。
同時に、フェリクスは仄かに期待も抱いた。
(僕を異性として意識し始めている、と考えていいのかもしれないな)
これまで女性からの熱のこもった視線や表情には面倒な思いばかりしてきたが、想い人からのものであるとこうも嬉しいものなのか、とフェリクスは改めて実感する。
(それなら、もっと意識してもらうとしよう)
当初の予定通り、焦らずゆっくりと、計画的に。
フェリクスはもう一段階、メアリとの距離を詰めていこうと決意した。




