8 フェリクスの子どもじみた嫉妬
なにはともあれ、まずはメアリを迎えに行くのが急務である。
居場所を聞いたフェリクスはアルフォンスとマクセンを置き去りにする勢いで足早に向かい始めた。
「我々はフェリクスを怒らせてしまったようだね、マクセン」
「はい。後でしっかり叱られることにします」
「私も後で説教かなぁ。もしくは仕事を増やされるかも」
「両方かもしれません。乗り越えましょう、殿下……」
「うぅ、嫌だ。逃げたい」
一方、アルフォンスとマクセンはコソコソと話しながら少し距離を開けてフェリクスの後を追う。
本来、マクセンはアルフォンスと気軽に会話などできる立場ではないのだが、フェリクスに叱られがちな二人は時々こうして互いを慰めあっているのだ。
一方、フェリクスは苛立ってはいたがそこまで彼らに怒っているわけではなかった。
もちろん後で説教はするつもりだが、いつものことだ。
(メアリが僕に隠しごとをして、コソコソしていたことが気に入らない)
自分の知らないメアリを彼らが知っていて、楽しそうにしていたことに苛立っているのだ。
要するに、嫉妬である。
誰かに執着するということ自体が初めてのフェリクスは、どうしようもないこの感情の矛先がメアリに向かってしまっていた。
(僕が断ると思っていたのか? 信用がないようだな)
堂々と「旦那様の仕事をしている姿を見に行きたいです」とは言えない奥ゆかしい乙女心をこの男に理解しろというほうが難しい。
だが、フェリクスとて悪戯心で提案したのはマクセンだということは理解している。
王太子に言われて断れなかったメアリの立場も。
(……注意する時、感情的にならないようにしないとな。メアリも被害者だ)
嫉妬で気持ちが荒ぶるフェリクスだったが、メアリに八つ当たりをしてはいけないことくらいわかっている。
何より、恋した相手を責められるはずもない。
結局、フェリクスはメアリを大事にしたい気持ちの方が強いのだ。
「で、どうして君までコソコソ隠れて見ているんだい? フェリクス」
「ご安心を、殿下。僕が見ているのは王女様方ではありませんので」
「そういうことを言ってるんじゃないからね?」
さて、現在フェリクスは王女たちとメアリがお茶会をしている場に到着し、柱の陰からその様子を窺っていた。
彼女たちの邪魔をしてはいけない、などと思っているわけではない。
あの場所にいるクラウディアの存在が、フェリクスが姿を隠す理由だ。
(何を話しているんだ……? 悪い雰囲気ではなさそうだが)
クラウディアに対するフェリクスの印象は最悪だ。
何度断っても婚約の誘いは届くし、父親であるペンドラン侯爵からも会う度に娘はどうかと聞かれていたし、クラウディア本人も王城に来てはアピールしてくることが何度もあった。
そのため、フェリクスは彼女を見ると反射的に身を隠してしまう。
(パーティーでの一件以降、王城に来ることもなかったから油断していたが……まさかまたメアリに突っかかっているのか? いや、王女殿下方がいらっしゃるから大丈夫だろうとは思うが)
何やら少し打ち解けたようにも見え、メアリの反応が軟化しているように感じる。
クラウディアはメアリに対して素っ気ない態度を見せているようだが、いつものような上から目線の嫌味ったらしさは感じられない気がした。
(彼女には僕と似た部分があるが、価値観がまったく違う)
人を見下すという点ではフェリクスも同じだが、クラウディアのように人の優位に立ちたいという理由ではない。
そもそも相性が悪いのだ。
もしクラウディアが婚約者になっており、フェリクスの腹黒さに気付けばいがみ合うのも時間の問題だったと思われる。
では、メアリとクラウディアの相性はどうなのか。
「意外だね。ペンドラン侯爵令嬢とメアリ嬢の間に険悪な雰囲気はなさそうだ」
「仲が良いとまでは言えないでしょうが……大きな問題はなさそうですね」
くしくも同じことを考えていたらしいアルフォンスに言われ、フェリクスも淡々と言葉を返す。
あのクラウディアがメアリを交えて王女たちと談笑しているということに気味の悪さを感じるが、メアリのほんわかとした雰囲気に毒気を抜かれた可能性はある。
(メアリに害さえなければ良い)
ここであれこれ推測したところで意味はない。
問題があればカリーナが後で報告をするだろうとフェリクスは割り切ることにした。
まさかいつの間にか彼女たちに意気地なし認定されているとは思いもよらぬことだろう。
「……マクセン。メアリが帰る際には護衛騎士をつけるよう手配しておけ」
「は、はい。すぐに」
柱から離れながら唐突に告げたフェリクスの指示を受け、マクセンはすぐにその場を走り去っていく。
まさかそのまま何もせず離れるとは思っていなかったのだろう、マクセンの顔には疑問が浮かんでいたが、先ほど叱られたことを気にしているのか余計な質問をすることなく動いている。
一方、アルフォンスは疑問をストレートに口にしてきた。
「いいのかい? 話しかけなくて」
「楽しく過ごせているのならいいのです。侍女もついていますし、問題はないでしょう」
とはいえ、メアリはフェリクスと同じでポーカーフェイスが得意だ。
本当は早く帰りたいと思っているかもしれないが、そこまではフェリクスといえど読めない。
もし帰りたがっているのなら助け舟を出すべきなのだろうが、黙ってこちらの様子を見に来たことがいまだに不服なフェリクスは手を貸さない選択をした。
(我ながら子どもじみているな)
自覚はあるが、このくらいは許されるはずだ。
そもそもメアリだってこっそり来て帰るつもりなのだろうから、ここで声をかけられても申し訳なさそうにするだけだろう。
もちろん、助けを求められればいつでも手を貸すが、そうでないならわざわざ声をかける必要もないと考えているだけだ。
(……いや、全ては自分への言い訳だ。この僕が、どう対処すればよいのかわからない事態に遭遇するとは)
フェリクスは、初めて感じた嫉妬という感情の処理に慣れていなかった。
「それに、殿下の仕事がまだ終わっていませんから」
「うっ、あと少しだし……」
「ならばすぐに終わらせてください。今日も早く帰らせていただきたいですから」
「君って本当に良い性格してるよね」
「お褒めに与り光栄です」
諦めたようにフェリクスの前を歩き始めたアルフォンスは、いつもよりフェリクスの嫌味にキレがあることに気付いて大きなため息を吐いた。




