7 フェリクスの憤り
フェリクスは気付いていた。
メアリがマクセンやカリーナと共に王城に来て、こそこそと自分の様子を観察していることを。
フェリクスが仕事中だから邪魔をしないように配慮してくれたのだろうと何も言わなかったが、気付けば彼女の姿はなく、黙って帰ってしまったことを残念に思っていた。
当然、フェリクスはマクセンに事情を聞いた。
「あ、やっぱりバレバレでしたか?」
悪びれもせずへらへらと答えるマクセンに、フェリクスは拳を一発お見舞いしたくなった。
「いやー、メアリ様が時間を持て余しているご様子だったんで。それなら婚約者の素敵な姿を見せて差し上げたいなーと思って」
マクセンの態度や勝手な行動に苛立ちはしたが、正直なところメアリが暇を持て余しているという点に関してはフェリクスも思うところがあった。
忙しい日々に一区切りがついた今、束の間ではあるがメアリにはのんびりしてもらいたいと思っていた。
しかし思い起こしてみれば、ノリス領にいた時のメアリは毎日動き回っていたと気づく。
(僕もノリス領にいた頃は、暇でストレスを感じたからな)
最初の数日は良かったのだが、あまりにもやることがないとそれはそれでストレスになる。フェリクスはそれを、身をもって体感していた。
だからといって、たとえマクセンなりにメアリを気遣ったのだとしても勝手に彼女を王城に連れてくるのは腹が立つ。
「何が素敵な姿だ。気持ち悪い」
「そりゃー、俺が言うのは気持ち悪いでしょうよ。でもメアリ様は興味がありそうでしたよ? かっこいいフェリクス様の姿ってヤツに」
「……」
勝手なマクセンが心底気に入らないのはたしかだが、メアリが本当にそう思ってくれているのかもしれないという可能性がある分、フェリクスも怒るに怒れない。
メアリを思う気持ちをいいように使われている気がして苛立ち、フェリクスはマクセンに笑顔を向けた。
目だけ笑っていないフェリクスに、マクセンの背筋はピンと伸びる。
「それで? メアリは今どこにいる?」
「あー……いや、近くにいるとは思うんですけど」
「は?」
目が泳ぎ始めたマクセンの反応に、フェリクスの声が低くなる。
マクセンは慌てたように弁明を始めた。
「いや、だって! 打ち合わせ中は俺だって仕事に集中していたでしょ!? 終わった後すぐ見に行ったんだけど……」
「マクセン。お前はまだ僕の質問に答えていない。メアリは、今、どこにいる?」
「わ、わかりません……でもっ、姉さんが一緒なんで問題はないはずです!」
「僕に黙って連れてきたのはお前の癖に、把握していないと言うんだな?」
「うっ。その通りです……申し訳ありませんでした」
ここは警備が万全の王城で、メアリにはカリーナという優秀な侍女もついていることはフェリクスとてわかっているが、そういう問題ではない。
さすがにマクセンも己の失態を自覚しているため、素直に頭を下げた。
フェリクスは長いため息を吐きながら額に手を当て、考える。
(危ない目に遭うことはないだろうが、まだ王城に慣れていないメアリには負担になっているはずだ。所用で王城にやってくる貴族も少なくない。面倒な者たちに捕まっていたら……)
フェリクスは過保護を発動し、先ほどまでの笑みをスッと消して不機嫌を隠そうともせずマクセンを睨んだ。
マクセンがすぐ探しに行くと再び謝罪しかけたその時、背後から朗らかな声がかけられた。
「怒らないでやってよ、フェリクス」
「……王太子殿下」
フェリクスが仕えている人物、アルフォンスだ。
彼にそう言われてしまっては、目の前でマクセンを叱り飛ばすこともできない。
フェリクスはフッと肩の力を抜き、マクセンはホッとため息をついた。
「ごめんね、ちょうどメアリ嬢を見かけたものだから僕が声をかけたんだよ」
「……そうでしたか。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
アルフォンスにそう言われ、冷静に答えたフェリクスは胸に手を当て頭を下げる。
ただその顔に笑みを浮かべる余裕はないようで、顔は強張っていた。
これは怒っている、と瞬時に悟ったアルフォンスは笑顔のまま冷や汗を浮かべつつマクセンに視線を向けた。
マクセンは小さく首を横に振っている。自分では助けることができない、という意味だ。
「で? メアリは今どこに?」
姿勢を正したフェリクスは淡々と告げた。もちろん、笑顔はない。
笑みを浮かべたまま威圧するフェリクスはとても怖いが、真顔はもっと怖いことをアルフォンスもマクセンもよく知っている。
二人は同時に背筋を伸ばした。
「そ、そう睨まないでよ……メアリ嬢なら今、妹たちとお茶しているから」
「王女殿下方と?」
両手を小さく上げて降参の姿勢を見せながら告げたアルフォンスの言葉に、フェリクスの纏う冷たい空気が僅かに和らいだ。
王女たちと一緒にいると聞いて少しは安心したのかもしれない。
ただフェリクスは決して王女たちを信用しているわけではなかった。
少なくとも絶対に安全な場所にいるらしいことがわかったのと、王女たちがメアリに対して悪感情を向けるようなことはないと予想できるからだ。
(メアリは居心地が悪い思いをしているだろうな)
フェリクスの雰囲気が緩和したことで今がチャンスと思ったのか、アルフォンスがさらに言葉を続けた。
「そ! 以前から会いたいって言い続けていたからね。だって私がいくら頼んでも連れて来てくれないじゃない?」
「王女殿下方が会いたがっていると言えばよかったではないですか」
「ちょっと。妹たちなら良くてどうして私だとダメなの」
王女たち、特に姉のイェルカが社交好きなのは有名だ。
浅く広くみんなと仲良く、をモットーにしている彼女からの依頼だとわかっていれば、フェリクスだってすげなく断ることなどしなかった。
王女たちをきっかけにメアリが王都周辺で貴族友達を作る機会を得られるのだ、いずれこちらから依頼をしようかと考えていたほどなのだから。
近くに頼れる貴族がシュミット家しかいないメアリに、親しい同性の友達や相談ができる相手、せめて顔見知りにでもなってくれればだいぶ今後の社交界で精神的に楽になるだろう。
フェリクス自身は友達など必要ないと思っているが、女性であるメアリは違うかもしれない。
常日頃からフェリクスはメアリのことを深く考えているのだ。
「殿下が好奇心だけで会いたいと言うのと、王女殿下が誘ってくださるのとはわけが違うのですよ」
「好奇心だけじゃないさ! 私だって問題のない貴族を紹介できるとも」
「ご令嬢方の間に入るのですか?」
「ぐぬぬ……!」
適材適所。今のところ、アルフォンスがメアリのためにしてあげられることはなにもないのだと暗に告げるかのように、フェリクスはようやくいつもの胡散臭い笑みを顔に貼り付けた。




