6 メアリの冷や汗
メアリがほとほと困り果てている時、ペンドラン侯爵令嬢が訝しむようにメアリを睨みながらツンとした声を上げた。
「愛の言葉も伝え合わないなんて。もしかして、本当は愛し合っているわけではないのではありませんの?」
あまりにも鋭い指摘に、一瞬メアリの体が硬直してしまう。
しかし、王女たちのまさか! と笑う声にハッとして息を吐いた。
「クラウディアさんったら。愛を伝え合わなくてもお二人が想い合っているのは見たらすぐにわかることではありませんこと?」
「それは……そうかもしれませんけれど。もし本当に伝え合っていないのだとしたら、そう疑いたくもなりますわ!」
イェルカにクラウディアと呼ばれたペンドラン侯爵令嬢はフンと鼻を鳴らした。
彼女の態度は王女が相手だろうが変わらないようだ。
「イェルカお姉様。案外、クラウディアさんの意見も一理あると思いますよ?」
「まぁ。どうしてそう思いますの、ウルスラ」
「んー、勘です! なんとなくフェリクスとメアリちゃんの間にはなんとも言えない雰囲気を感じる時があるのですよねー……」
「ウルスラの勘はよく当たりますけれど、さすがに失礼ではないかしら。ねぇ、メアリ?」
クラウディアに引き続き、ウルスラまで鋭いことにメアリは内心で焦ってしまう。
(どうしましょう。フェリクス様を意識しすぎるあまり、疑われているのかもしれないわ。これでは本末転倒ね)
まずは冷静に、と頭の中で何度も繰り返したメアリは、鋼の精神力によりふんわりと微笑んだ。
「いえ、仕方がないと思います。本当に愛し合っているのかどうかなど、傍から見ただけではわからないものでしょうし」
「あら、認めますの? 本当は愛し合っていないって」
「そうではありません、ペンドラン侯爵令嬢。ただ……皆さまが知るフェリクス様は、私のような田舎令嬢と愛し合う演技などするでしょうか?」
「……すごい説得力ですわ。そうね、フェリクスはなんのメリットもなしにそんなことはしませんわね」
メアリにとっては思い切った一手だったが、どうやらイェルカを納得させることができたらしい。見ればウルスラも大きく頷いている。
フェリクスのことを昔から知っているからこそ、より説得力があるのかもしれなかった。
「それもそうですねー。だとしたら私たち、完全無欠の次期宰相様の意外な弱点を見つけたことになります?」
「本当ですわね、ウルスラ様。でもまさかフェリクス様がここまで初心な方だなんて」
「まぁまぁ、クラウディアさん。ギャップがまた魅力的ではなくて?」
「いいえ、イェルカ様。それはただの臆病者と言うのです。婚約者に愛を伝えられないなんて意気地なしですわ!」
どうにか誤魔化せたようだが、今度はフェリクスが意気地なし認定されてしまったことにメアリは心の中で謝罪した。
(でも……まだどこか納得していないご様子ね。特に、ペンドラン侯爵令嬢は)
一見するとクラウディアも納得しているように見えるが、彼女の表情の変化や声の抑揚からメアリはそう推測した。
断定まではできないが、メアリの観察眼は非常に優れているのだ。
「いいことを思いつきましたわ。イェルカ様、ウルスラ様。わたくしたちで、フェリクス様が婚約者へ愛を伝えるように仕向けてみるのはいかが?」
「背中を押すということでしょうか。素敵! 私は賛成です!」
「そうね、素敵な提案ですわ。けれど、クラウディアさんはいいのかしら。彼への思いを断ち切ったということですの?」
「な、なんのことかわかりませんわ。わたくしはただ、次期宰相様ともあろうお方が意気地なしでは示しがつかないと心配しているだけですもの」
素直なウルスラに対し、意外とイェルカは容赦がない。
クラウディアがフェリクスの婚約者の座を狙っていたことは周知の事実ではあったが、直接的なことを本人に伝えられるのはイェルカくらいだろう。
本人が気づいているかどうかはわからないが、今のクラウディアは涙目だ。
(ああ、彼女は本当にフェリクス様をお慕いしていらっしゃったのね)
クラウディアはあのパーティー以降、失恋の痛みをずっと抱えているのかもしれない。
そう思い至ったメアリは僅かに心が痛む。
フェリクスがクラウディアを選んだかどうかは別として、自分がいなければ今も彼女は恋をし続けていたはずなのだ。
クラウディアの言葉が彼女の強がりだということは、メアリでなくとも気づく。
プイッとそっぽを向いて腕を組むクラウディアを、イェルカとウルスラの二人も眉尻を下げながら優しい眼差しで見つめていた。
(初対面での印象は良くなかったけれど、実は真っ直ぐでかわいらしい人なのかもしれないわ)
とはいえ、今のメアリがなにを言ったところでクラウディアには不愉快になってしまうだろう。
フェリクスの婚約者として存在するだけで傷つけてしまうのだから、余計なことは言わずそっとしておくのが最良。
メアリは、もし話す機会があったら嘘だけは言わないようにしようとクラウディアへの接し方を決めた。
「では、作戦を立てましょう」
パンッと一つ手を打って、空気を切り替えたのはイェルカだ。
メアリが視線を向けると、イェルカだけではなくウルスラも生き生きとした顔をしている。
意味が分からず、メアリはこてんと首を傾げながら質問を口にした。
「作戦、ですか?」
「ええ。メアリがフェリクス様に『愛してる』と言ってもらうための作戦会議ですわ!」
「えっ」
王女たちは乗り気であれこれ案を出し、背中を押そうと言い出したクラウディアも当然のように議論に参加している。
急に始まった妙な作戦会議に戸惑っているのはメアリだけだ。
まさか自分とフェリクスのことでこんなにも話題が盛り上がるとは思っておらず、呆然としながらその様子を見ていたメアリはじわじわと状況を理解して顔を真っ赤に染めた。




