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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
二人は婚約者編

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3 メアリと尊き人物


「実は、フェリクス様って小さい頃はずっとあんな感じだったのですよ。微笑みを浮かべるようになったのは、十歳くらいの頃なんです」


 一人で密かに落ち込んでいたメアリの耳に、再びヒソヒソと話すカリーナの小声が届く。

 話題が子どもの頃のフェリクスのことであったため、思わず聞き返してしまった。


「そうなんですか?」

「はい。酷かったですよ? なにをしても優秀なものですから、自分より出来の悪い人は今よりあからさまに見下していらっしゃって。マクセンなんかいつも愚痴を言っていました」


 常に難しい顔をして人を見下す子どものフェリクス。その姿は驚くほど容易に想像ができた。

 恐らく、幼い頃は微笑みの仮面に隠すことなく思ったことがそのまま表に出ていたのだろう。誰だって、最初から完成された人間にはなれないのだ。


「おかげで敵が多くて。同年代の、特に同性からの嫌がらせや決闘の申し込みが後を絶たなかったんです。その全てを軽くいなしてしまうから余計に恨まれて。だから心が荒んだのかずっと険しいお顔をしていました」


 カリーナとフェリクスは幼い頃からの付き合いだと聞いている。

 マクセンは気軽に接しているが彼女はしっかりラインを引いているようで、言葉と態度からフェリクスへの忠誠心がわかる。

 加えてカリーナにとってフェリクスは、幼馴染というよりは弟という意識があるからか、幼い頃のフェリクスについてしみじみと語れるのだろう。


「学園に通うようになってからでしょうか、いつの間にか今の微笑みを浮かべるようになりました。それでも口の悪さはまだ残っていましたから余計に恨みを買うこともありましたね……」


 今も時々、辛辣なことを言うフェリクスだ。容赦のない口撃はさぞ相手の心を抉ったことだろう。

 その当時に出会っていたら、メアリとてきっと今のように受け止められていなかったかもしれない。


 そう考えると、十歳という歳の差があって良かったと思えなくもなかった。


「全てを微笑みの仮面の内側に秘めるようになるまで、諍いが絶えなかったのですよ。ですがそれも少しの期間だけ。頭が良いので、いちいち相手にするのは面倒だとすぐに気付いたのでしょうね」


 若い頃のフェリクスは自分が間違っていると思っていなかったのだろうとメアリは推測する。

 実際、彼の言葉はほとんど正論だ。


 だが、人付き合いにおいてそれは必ずしも正解ではない。

 今のフェリクスならその辺りも心得ているだろうが、内心で人を見下す部分はそう簡単に変わらないだろう。


「結局、挫折をほとんど知らないままお育ちになられたので、人を見下すところは変わっていないのですけれど」


 ずっとフェリクスを見てきたカリーナも同意見のようだ。

 ただメアリは、フェリクスがほとんど挫折を知らないというのは事実だとしても、きっと数少ない挫折の中で多くを学んでいるのだろうと思った。


「意外と、挫折や敗北はしっかり味わっているんじゃないかしら」

「……なぜ、そうお思いに?」


 ポツリとメアリがこぼした一言に、カリーナが不思議そうに首を傾げている。

 当時のフェリクスを自分の目で見たわけでも本人に聞いたわけでもないのだから、メアリにだって確信はない。

 今のフェリクスの姿からなんとなく見えてくるものがあるというだけだ。


「フェリクス様は、当たり前のように人を尊重することができる方ですから」


 十も年下のメアリを有能だと褒めてくれるし、フランカやナディネの良い点も見抜いて素直に称賛してくれていた。

 頭が悪いと言いつつ、人の良い点もちゃんと見ていることがわかるのだ。


 フェリクスはプライドの高い男だからこそ、弱音や悩みを人に話すようなことは滅多になかったのではないか。

 人知れず悩み、考え、気付かないところで態度を改めている可能性は高いとメアリは思っている。


「表に出さないだけで……経験してきた諍いの中で、色々と思うことがあったのではないでしょうか」

「……そうかもしれません。メアリ様はよく見てらっしゃいますね。フェリクス様の婚約者が、メアリ様でよかったと心から思います」


 眩しそうに目を細めてメアリを見ながらカリーナは告げる。

 その言葉がどうにもくすぐったく感じ、メアリはほんのりと頬を染めてしまった。


「君たち、こんなところで何をしているの?」


 そんな時、急に背後から声がかけられ慌てて振り返ると、そこには思いもよらぬ人物が立っていた。


「っ、殿下」


 この国の王太子アルフォンス殿下で、フェリクスが側近として仕えている人物でもある。

 メアリは婚約お披露目パーティーで遠目に見ただけではあるが、国王陛下譲りの金髪碧眼に凛々しい顔立ちは間違えるはずもない。


 急に尊い身分の方を前にしたメアリが、驚いてそれ以上の言葉が出てこないのも無理はなかった。


「あ、もしかしてメアリ嬢じゃない? そうだよね?」


 一方、アルフォンスは緊張感のないのほほんとした態度でぽんと手を打つ。

 それからメアリの顔を覗き込むように上半身を軽く屈めた。


「は、はい。メアリ・ノリスと申します。先日は……」

「ああ、いいよいいよ。堅苦しい挨拶はさ。それよりこんなところにいるってことは……フェリクスのことを見に来たって感じ?」


 慌てて挨拶をしようとするメアリを制し、アルフォンスは悪戯っぽくニヤリと笑う。

 なぜかとても楽しそうなアルフォンスに言い当てられたメアリはわずかに肩を揺らし、すぐさま頭を下げた。


「は、はい。そうです。申し訳ありません」

「あはは、謝ることはないよ。仕事中のフェリクスって無駄にかっこいいから、ぜひ見てあげてほしいしさ」


 恐る恐るメアリが顔を上げると、アルフォンスはとても穏やかな笑みでこちらを見ている。

 自分がこっそりフェリクスを覗き見ていたことについて、本当に気にしていないようだ。

 それどころか「内緒だよね?」と人差し指を口元に立ててウインクまでしてくる。その姿は美男なのも相まって実にさまになっていた。

 加えてお茶目で遊び心を持ち合わせているようだ。


「この後の予定はあるの?」

「いえ。お邪魔になるかと思いますので、屋敷へ戻るつもりです」


 アルフォンスの態度に少しだけ気が楽にはなったものの、メアリは自分の態度に失礼はなかったかどうかが気になって仕方がない。

 メアリの後ろに控えるように立つカリーナに助けを求めたい気持ちだが、彼女はあくまで使用人。王族の前で許可もなく口を挟むことなどできず、助けを求めることもできそうになかった。


「それじゃあさ、一つ頼まれてもらえないかな?」


 おかげでパニックに陥っていたメアリは、頼みごとの内容を聞く前に首を縦に振ってしまう。


 それを背後で見守ることしかできないカリーナは悔しそうに、そして諦めたようにため息を吐くこととなった。


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― 新着の感想 ―
そういやメアリに会いたがってたね、王太子様 やっぱメアリの鋭く思慮深いところがこの物語の肝だと思うから、フェリクスへの理解というところで発揮されるのはとても良いことだと思う
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