36 フェリクスの心配
三日後、朝から準備に取り掛かっていたメアリは、相変わらずドレスに着替えるのに慣れていないのか疲れた顔を浮かべていた。
「やはり、一度に終わらせた方が良かったでしょうか」
着飾った彼女は今日もとても愛らしかったが、眉尻の下がった彼女の顔を見て褒め言葉を告げるより先に心配が口を突いて出てしまう。
こんなにも疲弊するのなら、面倒ごとは一日で済ませた方が良かったのではないか。
ただ、別日に頼みたい旨はメアリの希望でもあった。
実際、今もその意思は変わらないようで、メアリはゆるりと首を横に振った。
「いえ。パーティーで少しお会いしたとはいえ、国王陛下との謁見は私の中でかなり大きなことなので……王太子殿下や王女殿下方とお話しするのは別の機会にしてくださった方が気持ち的に助かります」
本人が言うならそうなのかもしれないが、それでも今の状態を見ていると本当に大丈夫なのかと思わずにはいられない。
そんな心配が伝わったのか、メアリは次の瞬間ピシッと背筋を伸ばし、いつもの余裕のあるほんわかとした笑みを向けた。
「それに、こうしたことに慣れるには、数をこなした方が良いでしょう?」
確かにその通りだ。
どうしたって今後、メアリは社交界に出る機会が増える。
王城に足を運ぶことも多くなるだろう。いずれは慣れなくてはならない。
本人がやる気なのであれば、これ以上は何も言わない方がいいだろう。
もし目に見えて無理が続くようなら、その時に止めればよい。
「貴女なら、すぐに慣れると思いますよ」
「そうだといいのですけれど」
自信がなさそうに苦笑を浮かべるメアリではあるが、あれほどの洞察力があれば王族への対応もすぐに身に付くはずだ。
フェリクスは彼女を信じることにした。
「今日のドレスもとてもよくお似合いです」
「ありがとうございます、フェリクス様」
差し伸べた手をそっと取ってふわりと笑うメアリには、距離感がわからないと戸惑っていたあの時の様子は感じられない。
当たり前のようにエスコートされ、優雅に歩くことができている。
つまりはそういうことなのだ。慣れるまで、フェリクスや周囲の者が地道にフォローを続ければいいだけなのである。
王城までは、馬車でほんの十数分ほどだ。
あっという間に着いてしまうため、その短時間でメアリの緊張を少しでも解してやりたかった。
前に来た時も緊張していたが、今回は国王との謁見。
今の方が遥かに言葉数も少なく、表情も硬くなっている。
何か気が紛れる話題はないか、と考えたところでフェリクスは王太子との会話を思い出した。
「謁見が終われば、王城内をご案内しますよ」
「えっ、いいのですか?」
「ええ。陛下から自由に見学してよいと許可を得ていますから」
まさか王城内を自由に歩けるとは思っていなかったようで、メアリは目を丸くして驚いている。
あらかじめ伝えておけばよかったと、フェリクスは少しだけ申し訳なく思った。
「どこに行きたいか、考えてみるのはいかがですか? 少しは緊張が解れるかもしれません」
「そうですね……」
さて、メアリが行きたい場所はどこだろうか。
王城にある温室は余所では見られない珍しい植物があると聞く。自然豊かな場所なので、彼女も気に入るかもしれない。
図書室もいいだろう。メアリは読書をたくさんする方ではないが、屋敷で暇つぶしに読む用に本を借りることもできる。
それに、レシピ本もあったはず。お菓子作りが好きなメアリなら喜ぶかもしれない。
あれこれと予想を立てていたフェリクスだったが、少し考えて出したメアリの答えは意外な場所であった。
「では、騎士団の訓練場に行ってみてもいいでしょうか」
大抵の女性が一度は「行ってみたい」と言い、そして二度と行きたがらない場所である。
騎士団の訓練ははっきり言ってむさ苦しい。
鎧を着て格好よく立ち振る舞う表向きの姿を想像して行けば、見事にその理想像が砕け散ることだろう。
女性が行きたがり、そして二度と行かなくなる理由だ。
汗と血の匂いが充満し、叫び声と呻き声が飛び交う場でしかないのだから当然といえば当然である。
よほどの鍛錬好きか、ナディネのような筋肉好きでもない限り女性にはオススメしない。
だからこそフェリクスも驚いたように言葉を失っているのだ。
ただ、メアリがそんなことにも考え付かずに言い出すだろうかという疑問も残る。
少なくとも、父や二番目の姉が騎士団所属となるのだから、その辺りの実態くらいは知っているはずだ。
フェリクスの戸惑いがわかったのだろう、メアリは苦笑を浮かべつつどこか恥ずかしそうに付け加えた。
「父の働いている姿を見たことがないので……その。こっそりと覗けたらなって」
なるほど、これはあのディルクがメアリに対してベタ甘になるわけだ。フェリクスは深く納得した。
ちょうどいい。すでに話がついているとはいえ、フェリクスとしても一度ディルクとは一対一で話したいと思っていたところだ。
「構いませんよ。では、謁見の後に行ってみましょうか」
「はい!」
どうやら少しは気が紛れたようだ。先ほどよりも表情が柔らかい。
それが自分のおかげだということが喜ばしく、フェリクスは満足げに口角を上げた。




