28 フェリクスの帰還
馬車がシュミット家に到着したのは三日後のお昼過ぎ。
近くまで来たところでマクセンが一足先に馬で屋敷に向かい、出迎えの準備を整えておいたようだ。
おかげで門扉を開けた先ではずらりと使用人たちが並んで待ち構えていた。
ノリス家の二倍以上はある大きな屋敷に広々とした庭園、奥の方には別邸も建っている。
田舎の伯爵家とは桁違いの豪華さに、メアリはひたすら圧倒されていた。
「本当に大きなお屋敷ですね……」
「無駄に広いだけですよ。父も僕も、ほとんど王城で過ごしますからね。何日も泊まり込んで仕事をすることもありますし……屋敷の主がいないことの方が多いのです」
これまでノリス領から出たことのないメアリは、屋敷の大きさもさることながら、こうしてたくさんの使用人が並ぶ様子など初めて見るのだろう。
唖然とした表情でこの光景を見つめている。
「ですから、この屋敷はメアリの好きにしてくださっていいのですよ。部屋や庭の使い方も、家具の配置や購入も。屋敷の主人として管理する仕事を任せることもあるでしょうが、それは追々、ゆっくりと知ってもらえたらと思っています」
「な、なんだかまだ現実味もない話ですが……頑張ります」
「あまり気負わずに。貴女を手助けしたがる使用人はたくさんいますから」
ゆっくりと馬車が停まり、外から扉が開けられる。
フェリクスは先に素早く降りると、続けて降りようと身を屈めたメアリの前に手を差し出した。
「さぁ、お手をどうぞメアリ」
「あ、ありがとうございます」
白く小さなメアリの手は、少しだけ冷たく柔らかい。
やはり緊張しているのだろう。フェリクスはいつも以上に気を遣ってメアリを支えた。
馬車から下りる手助けをフェリクスが自らしたことで、使用人たちがわずかにざわめく。
彼が誰かのエスコートをする姿を見るのは初めてだからだろう。
しかも今のフェリクスは無自覚に優しい目をメアリに向けている。
そんな彼の姿に、なぜかマクセンが自慢げに胸を張っていた。
どうだ、これまでのフェリクス様とは違うんだぞ、とでも言いたげだ。
しかしながらそこはさすがシュミット家の使用人というべきか。
驚いた様子を見せたのは一瞬のことで、すぐに落ち着きを取り戻していた。
「おかえりなさいませ、フェリクス様。そして、ようこそいらっしゃいました、ノリス伯爵家のメアリ様。私はこの屋敷の執事長を務めております、サイモンと申します」
フェリクスとメアリの二人が門扉を通った時、使用人を代表して執事長が一歩前に出て挨拶の言葉を告げた。ちなみに、マクセンの父親である。
「初めまして、サイモンさん。メアリ・ノリスです。どうぞよろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いいたします。敬称は不要ですよ。フェリクス様、素敵なお嬢様ですね」
初々しい挨拶を見せるメアリに、執事長の目尻が下がる。
男ばかりのこの屋敷に来たのが、かわいらしいご令嬢で嬉しいのかもしれない。
「ゆっくり紹介してやりたいところではあるんだが、この後すぐ王城に報告に行かなくてはならない。悪いがすぐ準備をしてくれ」
「かしこまりました。メアリ様のお仕度はカリーナにお任せください」
フェリクスが予定を告げると、サイモンがすぐ使用人たちに手で指示を出した。
数人が馬車に積まれた荷物を運び始め、それぞれが屋敷へと戻る中、サイモンに指名されたカリーナという赤毛のメイドが一歩前へと歩み出る。
「カリーナです。ゆくゆくはメアリ様専属のメイドとして仕えさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「メアリです。こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げた背の高いメイドに挨拶を返しながら、メアリはジッと彼女を見つめていた。
恐らく、誰かに似ていると既視感でも覚えているのだろう。
そんなメアリの視線を感じたのか、カリーナはゆっくりと顔を上げて小さく笑った。
「マクセンの姉ですよ。ふふ、似ていますか?」
「あっ!」
既視感の原因が判明し、メアリは思わずといった様子でマクセンとカリーナを交互に見た。
確かにこの姉弟は目元の当たりが少し似ている。
二人とも雰囲気はサイモンに似ているので、三人が並ぶと血縁だということがよくわかった。
なお、マクセンは居心地悪そうに視線を泳がせている。
カリーナはというと、不敵な笑みを弟に向けていた。姉弟の力関係がわかりやすい。
メアリも察したのだろう、すぐにいつものふんわりとした笑みを浮かべて二人を見ている。
「メアリ。お疲れのところ申し訳ありませんが、カリーナと一緒に準備をしてきてください。僕も着替えてくるので」
メインとなる使用人たちとの軽い紹介を終えたところで、フェリクスがメアリに声をかけた。
本当は王城へ報告に行くのは日を改めたいところなのだが、今回は王命だったこともあって急ぐ必要があるのだ。
すでに今日、王都へ着くという知らせは届いているはず。
国王への謁見はもう少し先になるが、宰相である父に急ぎ報告はしなければならない。
ついでに、メアリの父であるディルク副団長にもさっさと会っておきたい旨を伝えてあった。面倒ごとは早く終わらせるに限る。
「謝らないでください。事前にお聞きしていましたから大丈夫ですよ。でも、私が持っている服では王城へ行くのにあまり相応しくないかもしれません……」
「ああ、それなら問題ありません。そうだな? カリーナ」
困ったように微笑むメアリに対し、フェリクスは自信たっぷりに微笑んだ。
問われたカリーナもまたとても良い笑顔で答えてみせる。
「あらかじめ、大体のサイズは聞いておりましたから。準備は整っておりますわ」
「えっ!」
「落ち着きましたら、メアリ様にピッタリ合うドレスをオーダーメイドいたしましょう。いいのですよね? フェリクス様」
「ああ。好きなだけ仕立てるといい」
狼狽えるメアリを置いてきぼりにして、話は勝手に進んでいく。
特にカリーナは誰よりも嬉しそうにお茶会用、普段着用、お出かけ用、などと呟きながら指を折っており、そんなにも仕立てるのかとメアリはさらに驚いている。
本人以上に乗り気になってしまったカリーナの暴走を止めるべく、弟のマクセンが呆れたように声をかけた。
「おい、姉さん。嬉しいのはわかるが、今は早く準備してもらわないと」
「ああ、そうね! くぅーっ! シュミット家にご令嬢がいらっしゃる日が来るなんて! 腕が鳴りますわ!」
一見、真面目そうに見えるカリーナだが、根は明るく気さくだ。
そんなところにマクセンとの血の繋がりを強く感じる。
(だが、こんなにも騒がしいカリーナを見るのは久しぶりだな)
引きずるようにメアリを連れていく幼馴染でもあるメイドを見送りながら、フェリクスもようやく準備をするべく久しぶりの我が家へと足を踏み入れるのであった。




