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第85話 戦士たちの帰還

 アルタヴァ軍と国境付近の平野部ならびに山岳で戦闘が勃発、一部部隊が押し込まれて国内へ突破を許した――その報せは、電撃のようにヴェーザー王国軍の司令部へと届き、教育隊総監のもとへ、そして国境で演習の結果を待っていたベアトリクスとリーアのもとにも聞こえてきた。


「あの辺りといえば……」

「ええ、第七分隊が演習を展開中……ですわね。けれど、試験官役の兵員が何名も随行している。教導団に所属していた経験のある士官が統率を取っている以上、それほどおかしなことにはならないはず……と思いたいけれど、実際どうなっているかはわかりませんわね」


 リーアが人差し指で机をリズミカルに叩く。彼女らは教官ではあるが、演習の場所を決める権限があるわけではない。軍上層部からの命令に従って演習を開始し、兵員としての合否を確かめる――それだけである。

 第七分隊はスペシャルの集団であると同時に、その半数がいわゆる「官給品」――すなわち、国防関係者の家族である。ヴェーザー王国の防衛において未だ重要な役割を占める諸侯軍のうち、領地規模の小さな地方貴族ながら優秀な騎士団を擁してきたブレイザー男爵家、陸軍に多大な影響力を持つ現役将官、海外から招聘された医官であり、軍医局研究部門において功績を残してきた軍医――その娘が集結する部隊である以上、万が一にも失うわけにはいかない。

 軍部にまともな判断能力があるならば、第七分隊に国境近辺、それも戦闘に巻き込まれかねない場所での演習を命じるはずもない。軍隊にえこひいきは無いが、取捨選択は確かに存在し、切り捨てても構わない部分に関しては徹底的な切り捨てが行われる。たとえそれが味方の命であったとしても、勝利において障害となるのであればその存在を無視するということは十分にあり得る。

 だからこそ、今回の決定は明らかに異常であった。ベアトリクスとリーアは当然ながら抗議を行った。ユニコーン部隊は一兵たりとも無意味に失ってはならない貴重な打撃戦力であり、その中でも特殊技能を有し自己完結した作戦能力によってあらゆる条件での戦力投射が可能な第七分隊に対し、国際情勢の緊迫に伴って喪失の危険性が高まる国境での演習を行うことなどあってはならない、と。

 だが、上層部はその声をことごとく黙殺した――かのように見えた。嘆願の書簡はいずれも教育隊総監のもとにまで届かず、書面で談判を申し込もうとも返事の一つも返ってこない。ベアトリクスとリーアはその様子をして、まるで何かに書簡を掠め取られているかのように感じていた。


「ゴキブリの一億倍しぶとい連中のことだ、死んではいないと思うが……」

「心配なことに変わりはありませんわね。他の部隊は少し離れていますけれども、それでも国境に隣接して展開している。もし全面的に攻勢が始まったら……」

「押し切られて戦闘に巻き込まれるだろう。第七分隊ほど『慣れていない』連中がいきなり戦闘に突入したとき、全員が五体満足で帰れる保障はない。まあ、ありえない話だと思いたいが……」


 苦々しげな表情で、ベアトリクスは手元の地図から視線を外した。各分隊はそれぞれ散開し、第七分隊を除いて国境からやや離れた地点で演習を行っている。国境が全面的に突破されれば、第七分隊以外のユニコーン隊も壊滅に追い込まれる。だがそれ以前の問題として、全面的に突破を許し、兵員が駐屯する街まで攻勢が伸びればもはや戦うことなど無意味になる。


「アバズレどもめ、散々税金を使ったんだ――勝手に死にやがってみろ、墓場から掘り出して棒を突っ込んで膜を破ってやる」

「あら、その程度で済ませますの? 優しいベアト」

「ああそうさ。死人にも鞭は打つが、程度はわきまえる。もっとも、第七の連中は心臓に毛が生えているやつらばかりだ。軍医の卵だってあそこにはいる。簡単に死ぬものか」


 手元で弄んでいたペンを乱暴に机に放り出し、ベアトリクスは目を閉じた。戦闘に巻き込まれたからといって敗北が決まったわけではない。むしろ、第七分隊の実力をもってすれば敵の前衛を返り討ちにする可能性すらあった。体力的に他の隊員に及ばないユイですら、ユニコーンという強力無比な幻獣の力を借りることで並の騎兵からすれば途方もない脅威となってそびえ立つ。


(あの連中なら敵を逆にブチ殺していたとしてもおかしくはない……一個中隊程度なら護衛もろとも粉砕するだけの力はあるはずだ。第七分隊の実力は、私の目から見ても卓絶している)


 格闘戦、射撃戦においてトップクラスの逸材が揃い、優れた頭脳の持ち主が何名も集まった圧倒的なまでの実力を誇る集団、それも最高位の幻獣に騎乗する特殊部隊の卵ともなれば、訓練生のレベルでありながら一般兵を凌駕する戦力となる。ベアトリクスとリーアには、彼女らが「そうなるように」訓練を施してきた自負が少なからずあった。


「どうにせよ、死んでいなければそれでいい。連中はユニコーン隊の――」


 中核となっていく部隊だ、と言いかけたところで不意にドアをノックする音が響く。ベアトリクスとリーアは弾かれたように飛び起きて一瞬だけ顔を見合わせ、即座にドアを開けた。そこには一人の若い伝令が、少しばかり困惑した表情を浮かべて立っていた。


「失礼します――軍曹の名前を出す女兵士が、街の入口で面会を求めています」

「……面会だと?」

「ええ。一角獣に騎乗した六人組の騎兵です」


 伝令が全て言い終わる前に、ベアトリクスとリーアは彼を押しのけて前に出た。


「――今から行く。そいつらは私の管轄下にある兵士だ」

「ご連絡感謝しますわ。ただし、この一件は内密に」


 困惑する伝令を横目に、ベアトリクスとリーアは仮設兵舎を出て街の入口へと向かう。そこには彼女らの予想通り、六人組のユニコーン騎兵――第七分隊の姿があった。アイリスが頬に軽い裂傷を負っている他には何の負傷もなく、補給物資の袋が背面に担がれているほか、演習用のダミー人形らしいものまでもが鞍の後ろに載せられていた。


(大したアバズレどもだ、くそったれ――演習目的を忘れていないと見える)


 まったくもって見事としか言いようがない。そして同時に、ベアトリクスは第七分隊が実戦を経験してきたことを瞬時に見て取った。独特の緊張感を帯びた表情と、どこか誇らしげな、恐怖を乗り越えた笑みが彼女らの顔に浮かんでいる。敵と戦うことへの恐怖感は拭えずとも、自分たちが生き残るために力を振るったことへの誇りは確かにその胸の内にある。槍にこびりついた血糊を見るまでもなく、彼女らが近接戦闘を生き延び、その手で敵を貫き通したことは明白であった。


「見事なものだ。誰も死んでいない」

「生きてやがりましたわね。流石でしてよ。ゴキブリよりタフですわね」


 罵倒とも賛辞ともつかない言葉を前に、第七分隊の面々は顔を見合わせ、やがてしゃんと背筋を伸ばして敬礼を送った。隊長を務めるエリカは一歩前に出て、堂々と胸を張って宣言した。


「エリカ・シュナイダー以下六名。第七分隊、全兵員帰投しました」

「ご苦労だった、第七分隊諸君――それで、何が起きた?」


 ベアトリクスの瞳が鋭く輝く。概ねのところは理解できている――しかしながら、入ってくる情報はアウトラインのみに限られる。詳細な情報は、実際に戦った兵士に問わなければ分かるはずもない。


「……」


 暫しの沈黙の後、エリカは顔を上げて意を決したように言葉を発した。


「演習中、どちらからともなく砲撃戦が始まって――それから、脱出を試みる私たちの背後から敵が襲ってきました。バリケードで敵を妨害しつつ、山頂付近で敵の前衛偵察一個中隊と遭遇、これを撃退――その後、騎馬にてこの街まで帰還しました」

「なるほど、変わった様子は?」

「それが――この補給品ですが、明らかに実戦向きのものに中身がすり替えられています」


 そう言ってエリカが差し出した袋には、明らかに訓練用資材とは異なる強力な装備――新型手榴弾や爆薬、複数の実弾、極めて詳細な軍用地図といった、前線で戦う部隊に必要な物品が収められている。それを見たベアトリクスとリーアは一瞬だけ視線を鋭く尖らせたが、やがて首を振ってそれを受け取り、第七分隊の面々をざっと見回して告げた。


「……分かった、調べておく。確かにこんな装備を配給した覚えはないからな。貴様らは全員休養を取ってよし。別命あるまで待機――ただし、小銃と槍は身近に持っておけ」

『マム・イエス・マム!』


 凛とした張りのある声――それを聞きながら、ベアトリクスは手にした袋の重みを両の手に感じながら、すぐそこに迫ったユニコーン隊の卒業、そしてそれに続く即時実戦配備について思いを巡らせていた。


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