第75話 渡辺さんは中華を食べたい
通りには多くの人々が溢れており、少しでもよそ見をしていると人にぶつかりそうになる。
俺と渡辺さんは人を避けながら通りを進む。
道の端では店で売られていた肉饅頭や冷凍いちご、小籠包などを美味しそうに食べている人たちを見かけた。
「相川君! あれ、凄い大きさですよ!」
そんな中、渡辺さんが何やら驚いた声を出した。
「炸鶏排だね。台湾唐揚げとも呼ばれていて人の顔よりも大きいのが売りらしいよ」
中華街の露店では有名な食べ歩きメニューで、スパイスがかかった唐揚げは辛そうな見た目をしている。
修学旅行できた男子生徒がはしゃぎながらそれを食べているところだった。
「私、中華街は初めてなんですよ」
そんな様子を見ていると渡辺さんが話しかけてきた。
彼女は目をキラキラと輝かせると周囲の店に目を向けている。
「どこも美味しそうだよね」
看板が出ており、今の時間だとランチメニューがまだあるらしいのだが、どれも学生でも手を出しやすいお手頃な価格設定となっている。
「一体、どの店がどんな味の料理を出すのか気になって目移りしそうです」
「わかるよ。俺も初めてきた時はどの店に入ろうか悩んだからね」
見たことも聞いたこともない料理から、普段街の中華店で食べる有名な料理まであるので、非常に興味を惹かれる。
「相川君は中華街によく来るのですか?」
渡辺さんは口元に手を当て首を傾げると俺の顔を覗き込んできた。
「少し離れたところに、海釣り施設があるからね。その帰りに立ち寄ったりするんだよ」
釣果情報を調べ、釣れているようなら足を運ぶこともある。
その際に帰りに中華街に立ち寄るのだが……。
「へぇ、今度行きたいですね」
彼女は釣り場に興味を示したようだ。
「管理釣り場だから売店や食事もできるし、トイレも綺麗だからね。週末は家族連れで賑わってるよ」
せっかくなので、管理釣り場の情報を彼女に伝えておく。
「個人的に設備が綺麗と言うのはありがたいです。場所によるとその……」
彼女はいい辛そうにしている。普通の堤防とかのトイレは汚く、なんなら虫も入ってくる。そのことを思い出してしまったのだろう。
「それより、どこか目当ての店とかあるの?」
俺は話題を逸らすと、彼女に問いかけた。
今回の中華街デートを提案したのは渡辺さんなのだ。
もし目当ての店を決めているのなら任せた方が良いだろう。
「それが……いざ入ろうと思うと凄く悩んじゃって」
事前に調べては見たものの、実際に店を目にして悩んでいるようだ。
どの店も美味しそうな匂いを漂わせているので、決めるに決められないということらしい。
「どこか、お勧めありますか?」
「そう言うことなら任せておいてくれ」
管理釣り場にいる客の中には帰りに中華街に立ち寄る人間も多い。俺はそういった人たちからお勧めの店を聞いている。
俺はスマホの地図アプリを立ち上げると、その店に向かうのだった。
「ここが……相川君のお勧めの店ですか?」
中央通りから脇道に入っても中華の店が並んでいる。
よくもまあこれだけ中華の店があるものだと感心してしまう。
そんな中、俺たちが入ったのはやや汚れた街中華といった感じの店だった。
看板も古く、メニューもボロボロなのをずっと使い回している。
客席もテーブルが三つと少なく、十人も入れば満員となる狭さだ。
「ここの白身魚の甘酢定食が結構美味しんだよ」
色彩豊かな野菜と一緒に炒めた白身魚はホロホロと口の中で崩れ、酢の味わいがさっぱりと食わせてくれる。
たまに食べにきたくなる味だった。
「じゃあ、私はそれにしますね」
あっさりと何を食べるのかが決まり、俺たちは注文をする。
店員さんが注文を通すと、奥で鍋を振るう音が聞こえてくる。
中華鍋に油が投入され「ジュワッ」と音が聞こえる。
「この音を聞くだけでも美味しそうですよね」
煙が充満し、美味しそうな匂いが漂ってきた。
しばらくして、注文した料理が運ばれてくる。
「うわぁ、美味しそうです」
渡辺さんは感動すると、料理を口に含む。
「美味しいです」
口元に手を当てそう告げる。口にあったようで何よりだ。
「こっちも食べてみてよ」
俺は豚の角煮定食を頼んでいたので、二人でシェアして食べる。
「んっ! 噛むと柔らかくて口の中いっぱいに風味が広がります」
口元に手を当て味の感想を告げる渡辺さん。とても満足してくれたようで、勧めて良かった。
「この店は知る人ぞ知る店だからね。初めてだと入り辛いのが難点なんだけど……」
実際、初めてきた時は店の看板の汚さに目を疑った。
大通りの綺麗な店作りと違い、年季が入った佇まいは美味い料理を出すと知っていなければ入るのに覚悟がいるだろう。
「どうして、この店が美味しいって知ってたんですか?」
渡辺さんは首を傾げると質問をしてきた。
「釣り仲間に中華街に詳しい人がいてね。色々穴場を教えてくれるんだよ」
釣りの穴場もそうだが、近隣の美味しい店を教えてくれるので、遠征先で美味しいものを食べるのも楽しみの一つだ。
俺は、小鉢に入っている麻婆豆腐をご飯の上に乗せる。
「相川君、それって?」
「ああ、四川風麻婆豆腐だよ。この店は小鉢で注文できるから……」
定食セットとは別で頼んでおいたのだ。
「少し味見させてもらってもいいですか?」
興味を持ったのか、渡辺さんが食べたそうにしている。
「かなり辛いよ?」
中華街で生き残るために必要な知識として、四川風と書かれている料理には気をつけなければならない。
辛さに耐性がある人間でも鼻水と涙を流しながら食べることになる。
「大丈夫です。カレーは辛口をなんとか食べられますので」
カレーの辛さと唐辛子の辛さは種類が違うので耐性に効果はないのだが、本人が食べたがっているのなら止めるべきではないだろう。
「凄いですね、臭いだけでも鼻がヒリヒリしてきました」
麻婆豆腐が乗ったレンゲを口に含む渡辺さん。
「!?!?!?!??!」
次の瞬間、かっと目を開くと顔を真っ赤にして大粒の涙を浮かべた。
「か、凄く……辛いです」
舌を出し、水を飲む。
「だから言ったのに……」
俺は麻婆豆腐を口にすると口の中いっぱいに広がる辛さを認識した。
辛い中にも複雑な味わいと肉の旨みが感じられる。
「でも、確かに美味しいです。辛いのにもう一口食べたくなるというか……」
中々チャレンジャーだ。
「そういうことなら、今度家で四川風の煮魚でもやってみようか?」
調味料は揃っているので、釣った魚に味付けすればできなくはない。
「そ、その時は辛さ控えめにしてくれると嬉しいです」
怖気付いた渡辺さんはそういうと、控えめに俺を見てくるのだった。
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