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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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魔将の投獄

 王宮での生活が始まって早くも幾日かが経過していた。

 外部と隔離されたかの様な慣れない生活に戸惑う毎日であったが、女王であるリリアンを初め、王宮内の職に就く近衛騎士団や使用人からは、想像を遥かに越える待遇を受けていた。

 当然、そんな甘い汁を味わった事など微塵も記憶に無いクロにとっては、何とも形容しがたい気持ちになる。

 いや、寧ろ甘い汁ではなく、毒に等しいのだろう。

 こんな所に長居していては、人格が書き換えられてしまいそうな恐怖心をつい懐いてしまう。そんな思いで、毎日流れるであろう時間に不安を過らせていた少年の元に、それは訪れた。


 この日、何時ものように目覚め、何時ものように豪勢な朝食を済ませたクロは、用意された自身の部屋へと向かうべく、王宮の大廊下を歩いているが、同じ風景では気が滅入るので、たまには気晴らしに帰路を変えてみる。


「これはクロ様。おはようございます」


 そこをふと、通りかかった使用人の女性に挨拶をされる。

 相変わらず何度やられても、この挨拶だけは慣れない。


「あ、あぁ……」


 思わず身を引きながら返事をするクロに、使用人の女性はにこっと笑う。

 一見して無垢さが漂う表情だが、本当にそうとは言い切れない女性の笑みに、何となく危機感を感じた少年は、素早くその場を通り過ぎた。


 それから大廊下を歩き続けていると、見通しが良い広場が前方へと広がった。

 朝日が差し込むその広場は、白い柱が整然と立ち並ぶ通りによって囲まれており、よく磨かれた美しい斑模様の石畳が床を飾っていた。

 そんな広大な広場を、屈強な男達が何やら集団で行っていた。


「……?」


 蠢く集団を遠目に視認したクロは、その様子を窺おうと柱から顔を覗かせる。


『はあぁぁぁ!』


『ふっ!』『はっ!』


 共鳴する男達の掛け声。

 手に握られた木刀を交わらせているところからして、どうやら彼等は剣技の鍛練に励んでいる様だった。


「これは……」


 洗練された無駄の無い動きを目の当たりにしたクロは、気付けば思わず固唾を飲んで彼等の一挙手一投足に注目していた。すると……。


「この様なところでお一人で居ては危険ですよ。クロ様」


「……!?」


 突然背後から聞こえてきた女性の声に、クロは背筋を張り上げながら反応すると、急いで振り返る。


「……ロザリア」


 呆然と見上げる少年に、ロザリアは表情を変えずに肩を竦める。


「此方は近衛騎士団の訓練所。……居住区域内より外での行動は、陛下の言い付けにより禁じられています。速やかにお戻りください」


「待って欲しい」


 この国の君主が少年へと持ち掛けた規則を再び教示し、居住区域まで連れて行こうと手を差し伸べるロザリアを、クロは制止させようと語り掛けた。


「……残念ですが、これは規則ですので」


 表情を一切変えないロザリアは、静かに首を振りながら少年の働き掛けを拒否し、一歩踏み出そうとする。


「剣技を……!」


 軽く声を張ったクロは、そこで漸くロザリアの動きを止めた。


「……私に、剣技を学ばせて欲しい」


 少年は、心の思うがままに伝えた。

 特に実力や経験があるわけでもなく、あるのはこの短期間で身に付けた我慢強い意思くらいだろう。そんな無知で貧弱な少年を、目の前で剣技を演練する彼等が感化させていた。


「……」


 沈黙するロザリア。

 彼女は、暫くそんな様子で少年の懸命な眼差しを見ていると、差し伸べていた手を引いた。


「……仕方がありませんね」


 観念したのか、深々と息を吐くロザリアに、クロは希望を懐いた。


「ならば……!」


「認めかねます。……ですが、公務上の事故とすれば、それも叶いましょう」


 一度少年の期待を否定したが、彼女は限定的な容認を条件に呑んでくれそうだった。そこで、ロザリアは更なる追い討ちを掛ける。


「ただし、如何なる演練も、生半可な志で望まないようにして戴きたく存じます」


「構わない。どの様な演練も、覚悟の上だ」


 対するクロも、動じぬ力強い目力で、自身の確固たる意思を示した。

 如何に無力が周りに影響を及ぼしたか、それを肌身で感じてきた少年にとっては、どれ程過酷な鍛練よりも、より強くなって皆を護りたい、そういった意思の方が遥かに勝っていたのだ。


「……畏まりました。不可と判断すれば、そこで諦めて戴きます。それでは、此方へどうぞ」


 その決意を受け止めてか、ロザリアは少しの()を空けた後、少年の横を通り過ぎながら広場へと来るよう促した。


「……ああ!」


 胸を撫で下ろした少年は、ロザリアの指示に従い、気持ちを張り詰めながら彼等が居る広場へと向かった。




 それから僅か一時間足らず……。


『なあ、あれ……やりすぎじゃないか?』


『数ヶ月行う基礎養成訓練を数日間に凝縮させた様な内容だ。こうして見ると、流石に常軌を逸してるというか……』


 訓練所の片隅で一部始終を傍観していた騎士であろう男達は、目の前の光景に思わず畏怖していた。

 それもその筈、訓練開始から今に掛けて行っているのは、何れも戦う基礎を作る為の肉体を極限にまで追い込む強化訓練の代表格だ。それは、体感している筈の彼等騎士達が恐れおののく程に……。


「はぁっ……はぁっ……!」


 側で転がる金属製の盾は少年の小さな体を覆い尽くす位に大きい。

 床へと溜まる大量の汗の上で四つん這いになっていたクロは、定まらない焦点のまま失った肺活量で必死に息を吹き返していた。


「クロ様。まだ147回残っております、止まることは認められません」


 これは地獄を見ているのだろうか。

 先程から単純な動作を繰り返しているだけにも関わらず、回数を重ねる度に体が悲鳴を上げる。

 体幹、肺活量、体力、筋力、筋持久力等々、体の様々な部位を鍛える激しい強化運動が次から次へと待ち受ける……といった終わりを感じさせないサイクルの中、少年は剣すら持たされる事すら許されず、過度な苦痛に声を滲ませていた。


「もう終わりでしょうか?……でしたら」


「ま……まだ」


 無様な姿を見兼ねたロザリアが側で煽ってくると、少年は痙攣する手を伸ばし、再びその大きな盾を背負い、腕立伏臥腕屈伸

という動作を繰り返した。


 そして種目は変わり、今度は綱登り。

 天井から垂れる綱の長さは目測よりも体が実感させてくれた。

 少年は、盾を背負ったまま綱の中腹で足を絡ませて止まっているが、これは諦めた訳ではない、これ以上は腕が上がらないのだ。 


「休憩ではありません。それに、足は使わないお約束です」


 ……というのは彼女にとってただの屁理屈にしかならなかった。


 次の種目は巨石運搬。

 何処から運び込まれたのかすら分からないその巨石は、ロープによって巻き付けられ、人力による牽引が可能なのだが、これは本当に人が引く物なのだろうか。


 お、重すぎる……何だ、これは……。


 多量の発汗で、巨石が動く度に全身に直接負荷が掛かる。

 それに、動いているのはごく僅か。前へ進んでいる筈の足は歩幅に一切比例しない滞りっぷりだ。


「残り200になります。出来なければ、相応の罰を科しますよ」


 どう転んでも見えるのは地獄であった。



 初めてから一体何種目をやって来たのだろうか。その数は数えられない程に感覚が麻痺していた。

 ありとあらゆる種目が全身を痛め付け、肉体が限界を遥かに凌駕している。


「はぁっ……はっ、ぁ……」


 最後には過呼吸を繰り返しながら必死に酸素を取り込んでいた少年は、広場の中央で力無く横たわっていた。


「話になりませんね。その様な脆弱な体では……」


 ロザリアの忌憚の無い批評に、少年は悔しさを覚える。


「そ、れ……でも!私は……!」


 諦めまいと、全身の力を振り絞って此方を見下ろしているであろうロザリアの方へと体を起こそうとした時、目の前へと差し出された彼女の手が視界へと入る。


「……!?」


 クロが見上げると、そこには真っ直ぐで、力強い目付きをしたロザリアの姿があった。


「……不安で目も離せられません」


 意外な言葉が放たれる。

 呆然とする少年に、ロザリアは続ける。


「明日より引き続き、同時刻に私が指導致します。……くれぐれも陛下にはご内密に」


 ロザリアのやや溜め息混じりの呆れ口には痛いものがあるが、意地があっても切り捨てられる事を覚悟していた少年にとって、希望への兆しが見えた瞬間であった。


「……分かった。宜しく頼む」


 期待に突き動かされたクロは、差し伸べられた彼女の手を握り、立ち上がった。


「王室で番に就く騎士の者には伝えておきます。陛下に怪しまれない内に、本日はもうお戻りください」

 

 尤もな指示だ。

 日課時限通りに行動していた者が、突然予定を変えたとなれば、怪しまれるのも無理はないだろう。


「ああ。早急に戻る……」


 ロザリアの注意勧告を受けたクロは、リリアンに悟られた場合のリスクを鑑みると、深く頷いた。


「今日は手厚い指導の数々、感謝する」


 最後に教官への礼を済ませたクロは、訓練所を後にした。


「団長、クロ様はまだ厳しい行動制限の身であります。本当に宜しかったのですか?」


 訓練所から遠退くクロの背中姿を見送っていた近衛騎士の一人は、ふとロザリアの元へと歩み寄り、少年に対する懸念の言葉を呟いた。


「過剰な庇護は能力を奪いかねない。私も近い内、陛下へと具申するつもりでいたのだ。その不便は、クロ様ご本人が一番に抱えている事でもあるだろう」


「……しかし」


 肩を竦める騎士に、ロザリアは向き直ると、話を続ける。


「お前の不安は重々承知している。だが、まだ未熟の身であるあのお方を育てる事は、我が王国にとっても無上の喜び。私は今後、少しづつ陛下と掛け合い、クロ様を神の子としての土台へと乗らせる為の場を設けようと考えている……」


 神の子に対する独自の価値観を推しながらも、在るべき姿への方針を伝えたロザリアは、これからの少年の活躍に、小さな期待を懐いていた。




 王室の居住区画に戻ったクロは、巡回する近衛騎士達の目線を気にしつつ、自室の扉の前へと辿り着く。

 幸いにもリリアンの姿は見られないが、油断は出来ない。

 ここでクロが秘密裏にロザリアに剣の手解きを受けていた事が知られてしまえば、偶然得た機会を失い兼ねない。 

 そんな考えで、周囲を見渡しつつ扉を押し開いた時だった。


「あら、クロ様。御機嫌麗しゅうございます」


「……!?」


 真横から放たれた女性の声は、鋭い矛先の如く、少年の体を突き動かした。

 同時に背筋を伸ばしながら半身を室内に隠したクロは、動揺を隠せない様子で声がした方向へと視線を向けた。


「あら、どちらかへ行かれていたのですか……?」


「いや、その……」


 微笑ましそうに首を傾げる声の正体はやはりリリアンだった。

 幸いにも近衛騎士の訓練所に居たという事実はまだ知らないみたいだ。突然の警戒対象の登場に困惑した少年は、ロザリアとの約束を守る為に、効果的な回避方法を必死に模索すると、王室の居住区画に広がる庭に咲く花達が視界へと映る。


「……は、花を。見ていた」


 こんなその場しのぎにしかならなさそうな言い訳が通用するのだろうか。

 横目に広がる花の存在には、言い訳に妥当性を持たせられるが、目を右に、左に泳がせながら反応を待つクロに、リリアンは首を傾げる。


「お花……でしょうか?」


 やはり怪しまれている。

 緊張感に固まるクロの体は、しがみつく扉と一体化しているかの様に動かない。


「とても美しいお花ですよね。このお花は我がアレクシア王国において古くから存在しているレフェリシアというお花なのです」


「そう、なのか……」


 楽しそうに話し出すリリアンに、戸惑いながらも相槌を打つクロ。

 そんな様子を心配してか、彼女はふと話を切り替える。


「ところでクロ様。此方に住まわれてから幾日か経ちますが、何かお困りになられている事はございますか?」


「……?」


 思いがけない機会に恵まれた瞬間だった。

 ここでロザリアとの剣の稽古を願えばその夢も叶えられる。だが……。


「近衛騎士団を含む、ロザリアとの稽古以外でしたら、何なりとお申し付け下さい……!」


「……っ!?」


 一瞬、少年の背筋に冷たいものが走った。

 あっさりと具申しようと口を開きかけたクロの提案は、跡形も無く破壊されたのだ。何故彼女は、それだけを条件にしたのだろうか、仲でも悪いのだろうか。

 

「……そ、そうだな」


 一番に思っていた希望が通らないのであるならば、他に頼めるのはこれしかない。

 クロは、意を決して自分の望みを口にした。


「……外出を、させて欲しいのだが。……大丈夫だろうか?」


 少年が望んでいたもう一つの願いは、外出の許可だった。これは、王国の庇護下に入ってから今にまで感じていた事だ。


「外出……ですか……」


 するとリリアンは、口元に手を持ってきながら、困った様子で考え始める。

 やはり我が儘な申し出だろう。彼女の反応を見たクロは、言った後に少しだけ後悔し始める。


「……嫌ならば、いいんだ」


「いいえ……」


 やはり取り消そう。そう思ったクロが前言撤回を口にすると、リリアンはそれを否定した。


「今答えを出すことは難しいのですが、後日、改めて回答させてはいただけませんでしょうか?」


 少年の願いを受け止めた彼女の考えは、判断を渋るも前向きな様子を見せていた。まだ考慮段階だが、何事も言ってみるものだ。そう少年は一つ学ぶ。


「それで構わない。深い配慮、痛み入る……」


 そう言ってお辞儀をするクロに、リリアンはにこやかに表情を和らげて反応すると、そこを使用人の女性が近くへと歩み寄って来る。


「ご歓談中失礼致します。女王陛下、間も無く本日の謁見のお時間となります」


 そこでふと間に入ってくる使用人の女性。やはり一国の君主、その役割は数多くあるのだろう。


「分かりました、直ちに向かいます。謁見の者には、大扉の間にて待機をさせて下さい」


 使用人の女性に対し、丁寧に返答をしたリリアンは、クロの方へと向き直る。


「それではクロ様。私はこれより謁見の間へと向かいますので、これにて失礼致します。外出の件、検討させていただきますね」


 必要な事項を述べたリリアンは、前向きにも捉えられる態度で深々と上品なお辞儀をこなすと、場を後にした。


「……外出、か」


 この望みが叶うのならば、行く場所は一つだ。


 また、皆に逢いたい……。


 一人残された少年は、外出への期待を胸に、部屋に設置されている大きなベッドへと身を投じた。

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