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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
34/56

混沌する宿命

 人気の無い王都は、不気味なくらい静かだった。それは足音ひとつ立てれば忽ち周囲に響き渡る程だ。

 そんな誰もが寝静まる様な時間に外を出歩く物好きは、夜勤に明け暮れる憲兵か、道を外れたならず者くらいだろう。

 しかしこの夜は違った。前記の二つに該当しない複数の人影が、王都の中央に聳える王宮へと接近していたのだ。

 彼等はそれぞれ容姿を隠すため、全身をローブで覆いながらフードを深々と被っていた。

 細い路地裏を越え、比較的広めな通りに出ると、王宮を覆う高い城壁が姿を現す。

 大きな集団を幾人かの組で分けていた彼等の中で、特に先陣を行っていた組がそれだ。

 一番目立つのは大柄な大男。次に若い男性二人に、エルフと思われる女性が一人。それに小さな男の子と女の子もいる。

 そんな奇妙な編成をした組の先頭で、城壁の様子を伺っていたのは小さな女の子の方だった。

 その少女は、城壁の上に立つ武装した二人の姿を黙視する。


「城壁には見張りが二人か、あの身なりからして、ドラノフに雇われた傭兵だろうな」


 だが、幸いにもその傭兵二人は、お互いに会話を交わしている最中だった。今ならば此方側が完全に死角になっている。

 

「何だか懐かしいな、俺も駆け出しの頃はあんな感じだったっけ……」


「ジルクリード、お前に関しちゃ仕事中によくサボるから、よくハウゼンさんにぶっ飛ばされてたもんな」


 城壁の上の傭兵の姿を眺めながら過去を記憶を懐かしむジルクリードに、隣に居たもう一人の若い男ブレイスが笑いながら小馬鹿にする。


「なっ、そう言うお前も……」


 揚げ足を取るブレイスを、ジルクリードが対抗心から反論しようと口を開いた瞬間、二人の背後から怒濤の圧力が迫る。


「うるせえぞてめえら、さっさと行け」


 気付けば前の三人は既に進んでいた。

 背後に居る大男ハウゼンに言われてしまったジルクリードとブレイスは、反射的に走り出す。


「は、はいっ」「すみませんっ」


「……ったくよぉ」


 と、そんな逃げるように突き進む二人の背中姿を見て、ハウゼンは一人、表情をほんの少しだけ緩ませていた。


 通りに沿って伸びる城壁には、点在する城壁塔が夜の王都を見下ろしていた。近付けばその高さは大きく見上げる程だ。

 城壁には見張りの傭兵が二人、話をしている。この高い壁を乗り越えるリスクを押さえるには、この城壁塔の死角を利用していく必要がありそうだった。


「随分と高いな……」


 ジルクリードが目の前に立ち塞がる城壁を前に一人感心する。


「待っていろ……」


 そう言ってエルザが先頭をきって大きく城壁の上へ軽々と飛び乗ると、城壁塔を挟んで奥に居る二人の傭兵の様子を伺う。

 どうやらまだ気付いてはいないみたいだ。


「すげえ身軽だな。羨ましいぜ……」


 と、ジルクリードがため息混じりに自身との能力差に少しばかりの嫉妬心を抱くと、軈て目の前にロープが降りてくる。

 上を見上げてみると、エルザが「さっさと来い」と言わんばかりに此方に向かって手で乱暴に招いていた。

 少女の指示通り、城壁の上へと辿り着くと、闇夜に浮かび上がる巨大な王宮の影が視界全体に広がった。

 こんな夜更けにも関わらず、まるで日没直後の灯りだ。王宮にはそれぞれの歩哨に立つ者も居れば、巡回する者も多く確認出来る。


「やはり、主要な兵力を要所要所に配置させているみたいだな。それに……」


「傭兵ばかりだな……」


 視界に入る兵士は全員、装備が統一されていない傭兵の姿しか確認出来なかった。


「ああ、正規軍やドラノフの従属が居ないとなると、いよいよ奴も焦り始めている可能性が出てきたという事だな」


「それは、私達に対してなのか?」


 冷静に状況を解析するエルザに対して、クロは一つの疑問を投げる。すると、エルザはやや視線を落とした。


「……恐らくな」


 少女が一瞬だけ見せた歪んだ答えは少年に更なる疑問を与えたが、何故だかそれ以上訊いてはいけない様な気がした。

 そんな自然に現れた理性がクロの口を固く閉ざした。


 傭兵の目を掻い潜りながら王宮内へと入ると、そこは兵士の詰所と思われる石煉瓦の部屋だった。中央の古ぼけた長い木造の机に木造の椅子、そして壁一面には金属製の鎧や槍等の武器や装備品が整頓されて持ち主を待っていた。


「……居ないようだな」


 侵入早々、詰所の気配を探るクロとエルザが無人を確認し、場の安全を確保する。


「しっかし、王宮の騎士様ってのは随分と贅沢な装備使ってんだな……」


 ジルクリードがそう言って室内の防具や武器を物色しながら何やら呟き始める。


「門はこの先でいいのか……?」


 詰所の中を徘徊する人間を背に、クロがもう一つの扉へと視線を向けながらエルザに確認をとる。

 未踏の場でのこまめな経路確認は重要だ。


「ああ。だが、ここからは広くなるぞ。迷子になりたくなければあの槍の男の様に余所見はするな」


 そう言ってエルザはジルクリードを反面教師として名指ししながら注意換気する。


「……分かった」「了解しました!」「了解です。姉さん」


 少々返事に戸惑うクロを筆頭に、ブレイスとハウゼンが明瞭に了承の意を示す。


「だぁ分かった分かった!もうしないから!」


 クロはまだしも、一糸乱れぬ二人の返事には流石のジルクリードも少しばかり思わず腹を立てた。


「まぁまぁ、ジルクリードさん。気にしないで下さい」


 と、そんなジルクリードをリーシェが微笑みながら優しく慰めた。


「先行する。ついてこい」


 騒ぐジルクリードに構わず、エルザは扉の先の気配を確認しながら再び進み始めた。


 詰所を後にし、金属製の扉を開くと、そこは大きな廊下だった。

 今まで居た詰所が嘘のように豪華な飾り付けだ。それはまさに、王宮の名に相応しい相応たる気品に満ち溢れている。

 そんな大廊下は、まるで王宮を一本で貫いているのではないかという程の奥行きだが、不思議と兵士の姿は確認出来ない。それどころか、使用人の姿すら見当たらなかった。


「誰もいない……」


 侵入してからのものの、無人を貫く王宮内部に、不信感を抱いたクロは、妙な感覚を覚える。

 それは恐らく皆も同じだろう。


「……ハウゼン、ブレイス」


 ふと警戒心を尖らせたエルザが、奥で交差する廊下の別れ道まで二人を先導させる。

 エルザの指示を受けたハウゼンとブレイスの二人は発声を控えて軽く頷くと、足音を立てる事無く、素早く廊下の左右へと広がりながら示された別れ道の手前まで進み、そこで人の気配を探り始める。

 そして索敵していた二人は、揃って無人の合図を此方へ送る。


「行くぞ……」


 二人の合図を確認したエルザは、そう言って先に大廊下の奥へと駆けていくと、クロ達も同じくエルザの後を追いかけ、王宮の奥へと突き進んでいった。


 その後、王宮で一人も人を見る事が無かったクロ達は、そのまま広い空間へと出た。


「ここは……」


 謁見の間を連想させるかの様な巨大な柱は左右に均等に立ち並び、奥へと続いている。そして一歩踏み出せば、鏡面仕上げされた豪勢な大理石の床が直ぐに目に飛び込び、訪問者を出迎えた。


「儀式の間だな」


 視界全体に広がる大広間を見渡すクロの呟きに対して、エルザがその部屋の名を答える。

 だが、儀式と呼ぶには随分と殺風景な空間だ。祭壇らしき物は見当たらなく、有るのは部屋を支えるあの大きな柱くらいだ。

 そんな疑念を持つクロは、ふとある事に気が付いた。


「……っ!?」


 少年達の足元に広がる大理石の床全体には大きな絵が描かれていたのだ。

 今までただの床と認識していたクロは、その存在に思わず後退る。

 それから大理石に描かれた絵の全体像を見ると、次第にその正体が分かってきた。

 中心に描かれている二人の男女。

 そして祈りを捧げているか、中心の男女に対して跪きながら手を組む大勢の人々。

 更に、その周囲からは夥しい数の漆黒の手が、彼等に対して今にも掴みかかろうと伸ばしている。

 そんな絵だった。


「五百年以上も昔。この大陸西部を襲った魔王大幹部の一人、大悪魔エレノーゼの無差別な殺戮に恐怖した多くの人々が、救いを求めてここで祈りを捧げた場所と云われているな」


 エルザは、大広間の奥へと歩き出しながら大理石の絵に纏わる歴史を語る。

 つくづく該博な知識を持った少女だ。


「まるで歴史家か何かみたいだな。ところで、この中心の二人って……」


 そんな少女の底知れない知識の量に、何度も感心するジルクリードが、ふと床の絵の中心に描かれた二人の人物の正体を問う。

 すると、エルザは答える。


「英雄神クロイツェルと、愛の女神イリアテール。この西側諸国がそれぞれ信仰するエルキア十二神の内の二人だな」


「クロイ、……ツェル。十二神……」


 その時、クロの中で何かが動いた気がした。それは、瞬く間に少年を激しい痛みと精神的苦痛となって襲い掛かる。


「……っ!?」

 

 理性を失うほどの痛みと苦痛は、重く少年の体へ容赦なくのし掛かる。

 クロは高鳴る鼓動を押さえる為、胸を掴んで深呼吸をすると、突然それは和らいでいった。


「……大丈夫だよ。クロ」


 呆然とするクロの小さな手を握っていたのはリーシェだった。

 囁くように言葉を紡ぐ彼女の手から伝わる優しい温もりは、少年を襲うものをあっという間にして鎮めた。

 それは何度感じても不思議な感覚だった。


「……リー、シェ。すまない」

 

 どうして自分だけがこんなにも苦しい思いになるのだろうか。そう考えると、無念さが込み上げて来た。

 少年は、自身の不甲斐なさの余り、リーシェに謝ると、彼女はにこっと微笑んだ。


「……」


 そんな様子の二人を、エルザは一人訝しげな目で見据えていた。


 大理石の床を進むと、大柱の間から姿を表したのはのっぺりとした何もない壁だった。

 クロ達はその壁を前に立ち止まると、ジルクリードが眉間に皺を寄せる。


「おい、門なんて無いぞ?」


 彼の言うとおり、壁に門なんて存在は確認出来ない。

 それは百人が見れば百人が肯定するだろう。しかし。


「ははは。そりゃあそうだ」


 壁の至る所に視線を向けるジルクリードを、突然ブレイスが面白可笑しく笑った。


「う、うるせぇ!」


「てめえら黙れ……」


 再びじゃれる二人をハウゼンが直ぐ様叱る。

 雰囲気から察するに、どうやらただの壁ではないようだ。


「……神の子。この壁に何か念を込めてみろ」


 『何か』というのも随分抽象的な指示だ。エルザの注文にどうすればいいんだと少々戸惑うクロだが、他に反論の余地は無い為、黙って前へと立ち、壁を見上げる。


 念、……か。


 クロはゆっくりと手のひらを向け、目を瞑る。

 そして静かに念を込め始めた、その時だった。


「……!?」


 突然、体の中を駆け巡る様な不思議な感覚がクロの体を襲った。


「ま、マジかよ……」


 目の前の光景に目を見開くジルクリード。それは周りも一緒の反応だった。

 それもそのはず、何もなかった壁は突如、大きな金色の魔法陣によって埋め尽くされ始めたのだから。

 展開されたその魔法陣は、繊細な動きを見せながら一つの門を描くと、光となって瞬時に消えていった。


「……」


 クロ本人も、何が起きたか分からず、呆気に取られた様子でその巨大な門を眺める。


「……成功の様だな。誰かが来る前に、先を急ぐぞ」


 立ち止まっている余裕はなかった。

 進むよう指示するエルザに、クロはふと我に返り、再び地面を踏み締め始めた。




 その門の先は、不可思議な空間だった。

 大きな長方形の中にいるかの様な美しい四つの直線が生み出す造形美には、様々な刻印らしき模様が刻まれており、そこから煌煌たる青白い光を放っている。


「異なる空間同士を繋げる空間魔法。……見るのは初めてだな」


 流石のエルザも、これには初見の様子を見せていた。

 空間魔法。これが魔法によるものならば、それは人間業では決して無いだろう。

 一体誰がこんなものを作ったのだろうか。そしてそれが万が一、神と呼ばれる存在だとすれば、何の為に。


「一本道みたいだな。となると、門はこの先か……」


 どうやら単純な構造の様だ。空間の奥を眺めたクロは、その先に壁がある事に気付く。


「うし!これであの門を開けちまえば、後は騎士団を迎え入れてドラノフの奴に一泡ふかせるだけだな!」


 待ち望んでいたと言わんばかりにジルクリードが拳を握り締めると、先を急ぎ始めようと歩き出した。その時。


「そうはさせませんよ……」


 突如、何者かの声がクロ達の足を止めた。

 どうやら老人の声だ。

 とても枯れていて、そして力強い。


「……!?」


 声に反射するかの如く素早く振り返ると、そこには幾人かの人々の姿があった。


「……お前達は」


 クロは思い出す。

 見覚えのある容姿。

 多くの装飾で飾られた白いローブによってその身に包んだ集団の先頭に立つ老人は、イスラの街に居た人物と一致していた。

 間違いない、あの人物だ。


「漸くお目にかかれましたね。邪神の子よ……」


 ローブの集団の先頭に立つその老人は、クロの姿を見るなり、両手を広げてその名を口にする。


「神聖ロマネス教……、どうしてここに」


 リーシェは酷く驚いていた。いや、驚愕という言葉の方が正しいだろう。

 そして今まで見せる事が無かった彼女の反応は、一瞬にして周囲に緊張感を与える。


「ちっ、こんなところで再会になるたぁな……」


 分が悪そうに顔をしかめながら武器に手を伸ばすハウゼンとブレイス。

 だが、周りと反応が極端に異なった人物が一人。

 それに気付いたブレイスは、驚嘆と焦燥が激しく交差する。


「お、おい。ジル……」 


 ブレイスがそんな反応を見せる原因はジルクリードだった。

 彼は、今まで見たことの無い程の怒りの感情を露にしながら目の前の老人を睨み付けていた。


「よう、久し振りじゃねえか。腐れ邪教徒共」


 そう言って皮肉の言葉を口にしたジルクリードが素早く槍を構える。


「おいジル!やめろ!」


 これ以上は危険と判断したブレイスが慌てて彼を止めに入る中、老人はジルクリードに言う。


「邪教徒とは詭弁ですね。矛先を向けるべき相手はエルキア教ですぞ」


「うるせえ!お前らのしてきた事は、ただの殺戮じゃねえかよ!」


 ジルクリードは、老人の答弁に対して激しく激昂し、そして取り乱していた。

 いつ彼等に攻撃を加えるか分からない程に理性を失った彼を、ブレイスに加えてハウゼンの二人が止める。

 こんなジルクリードを見るのは始めてだ。それ程までに、この神聖ロマネス教という存在に憎しみを抱いているのだろうか。

 それは感情とは無縁なクロにとって、目の前のジルクリードの様子を目の当たりにして深く刺激させられた感じがした。


「クロ……」


 二人が口論する中、リーシェはクロは後ろへ下げると、それは直ぐに老人の目に入る。


「さて……、我々が此処へと訪れた理由はただ一つ」


 クロに、ふと老人の目が向けられると、その手を伸ばし出す。


「そこの邪神の子を此方へお譲り下さい。無論、引き渡せばあなた方の無事を保証致しましょう」


 突如ロマネス教側から来たその要求は、よくある好都合なものだった。

 しかし、ここでクロの身が彼等の手に渡れば、結果は容易に想像できるだろう。

 それはクロ自身も、今までの彼等の行いを耳にして薄々感づいていた。


「神の子、今すぐ門へ走れ!」


 老人から忍び寄る恐怖に囚われた少年を動かしたのはエルザだった。

 そしてその少女の怒鳴り声は、塔を這う雷の如く、少年を呼び覚ます。


「……!」


 今ここで門を開けなければ、一生後悔する。そう気付かされたクロは、一目散に門の方へと駆け出した。


「貴殿方の行いは、主への冒涜と見なします。どうやらまだまだこの世には浄化に至らぬ哀れな人々で溢れている様ですね」


 背中を向けて走り出したクロを見た老人は、差し伸べた手を横へと振り払うと、背後に控える者達へ攻撃命令を下す。


「その身を以て浄化の裁きを受けなさい!」


「この場を死守する!戦闘に備えろ!」


 老人の配下が次々と魔法陣を足元に浮かび上がらせると、エルザも同じく命じながらハウゼンとブレイスと共に武器を構える。


「了解!」「任せてください!」


「リーシェ!門が開いたら召喚獣で神の子と槍の男を連れて神殿へ向かえ!」


 戦闘状態に陥る最中、エルザが咄嗟にリーシェへと伝えた。


「ですが、エルザさん達は!」


 エルザ達を気遣うリーシェに、少女は一瞬だけ小さく笑うと、表情を戻して口を開く。


「行け!」


 もう他に道は無かった。

 観念したリーシェは息を飲み、召喚魔法を発動する。


「……どうか、ご無事で」


「なんですと!?」


 眩い光の中から生まれた三つの尾を持つ大きな獣を目にした老人が目を見開く。

 どうやら彼等にとって召喚獣の存在は誤算だった様だ。


「ファル!クロとジルクリードさんを連れて今すぐ門から出て!」


「ウオォォォンッ!」


 召喚された巨大な獣ファルに飛び乗ったリーシェは、急いで指示をすると、ファルは大きく吠え、目にも留まらぬ早さで動き出した。


「お、おい!何すんだリーシェ!離せ!離せよ!」


 今回ばかりは気が気でない様子のジルクリードは、召喚獣ファルに咥えられながらも激しく暴れる。


「いけません!邪神の子を止めるのです!」


「させるかよ!」


 リーシェとジルクリードを連れてクロの元へ向かう召喚獣に矛先を向けようとするロマネス教徒へ、ブレイスが魔法で炎を放ち、ハウゼンがその背中に背負う巨大な大剣で、次々と彼等の詠唱の妨害に入る。


「……頼むぞ」


 エルザはこの場を後にする三人を見送り、それだけ呟くと、自身も戦闘するハウゼンとブレイスの中へと入っていった。


 この時、終点の壁へと辿り着いたクロは、迷うことなく手のひらを向けて念を込めた。

 入り口と同様、大きな魔法陣が姿を表すと、瞬く間に門を形成し始める。


 これで……。


 漸く騎士団が動ける。

 クロは激しく昂る焦燥感の中で、確かな希望を見出だしていた。


「クロ!」


 門が完全に形成された時、後ろから彼女の声が少年の名前を呼んだ。

 振り返ると、召喚獣ファルに乗ったリーシェの姿があった。

 そして差し伸べられる彼女の手が目の前に来たとき、クロはその手を強く握り締めた。


「……ああ!」


 その時、一瞬だけ少年は時が止まった様に感じた。

 握り返してくる彼女の手の温もり。それは少年にとって、何かが突き動かされた、そんな初めての感覚だった。

 そして少年クロを最後に乗せた召喚獣ファルは、止まることなく門を潜り抜け、王都郊外へと飛び出ると、金色の光を闇夜に輝かせながら空へと舞っていった。




「団長!門を確認、中から巨大な魔物、いや、あれは……」


 一方、深い森林の中に身を潜ませていた鎧の人々は、空を舞い上がる大きな獣を目にして言葉を詰まらせていると、横に居た若い女性が同じ光景を目にする。


「……クロ様。ふっ、どうやら成し遂げた様だな」


 褐色の髪を持つその女性は、くすりと笑うと、立ち上がり、剣を鞘から抜き放つ。


「我が同胞よ!遂に時は来た!これより支配者ドラノフの捕縛にかかる!」


 彼女の声と同時に、背後に控えていた鎧の人々は一斉に立ち上がり始める。


「我等が栄光を再びこの手に!」


 そして彼女は剣を掲げると、進軍の命を下す。


「総員、前進開始!」


 森に控える騎士団は、少年の姿を目に、王都奪還をかけて一斉に門への突入を開始した。

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