4.カイル・エデルヴァード
目の前にいるいかつい男はジェイコブといった。
現オルコット辺境伯である彼は、かつてアマーリアの母であるフィリアに求婚していたらしい。しかし、ハーバー侯爵の横入りによって婚約者の座を奪われてしまい、彼自身もそのせいで他の女性と結婚することになった。
「彼女が幸せであればそれでも言うことはなかったが、あなたの話ではそうではなかったらしい」
「あの人の幸、不幸は私が計れるものではありませんよ」
そう返すレオノアに「冷たい」とでも言いたげな目を向けるけれど、彼女からすれば五年しかかかわりのなかった女性の記憶なんてそう多く残ってはいない。父親に継ぐはずだった家を追い出され、あんなクソ野郎に嫁がされたフィリアを可哀そうには思うけれど、彼女だって産んだ娘に興味がないとでも言うような目を向けていたのだ。そう言われても仕方がないだろう。
「辺境伯の話は置いておいて……侯爵令嬢としてならば、ゲイリーが身分を捨てずとも嫁げるな」
「いえ、彼女が望んでいないことを強要はできません。殿下、無茶を言わないでください」
深々と溜息を吐きながら、ゲイリーが少年を『殿下』と呼んだ。その言葉にレオノアは驚いたような目を向ける。
「ああ、平民として生きてきたうえに我が国の民でもない。知らぬのも無理はないな。私はカイル。この帝国の第三皇子だ」
レオノアはまたしても国主の息子と知り合ってしまった事実にやっぱり頭が痛かった。
「それで、私は先ほど言った仲間たちと合流したいので出て行っても?」
「それならば、俺もついていきましょう」
キラキラした目でそう言うゲイリーに「いえ、一人で良いです」と返す。サミュエルと会わせると面倒になりそうだし、連れて行きたくはなかった。
「フィリアの娘を一人で外には出せぬ。レオノアよ、わが娘として護衛を出そう」
「ですから、いらないです」
いい加減、面倒になってきたレオノアが少しだけ「どうやって脱走しようか」と考えだす。ゲイリーはそんなレオノアを見つめながら、「ですが、また凶暴な魔物に襲われるかもしれません」と告げた。
先ほど、群れに襲われたばかりのレオノアはその言葉に考えを改める。
「ここに来るまでに数日かかっている。合流場所に行っても目的の人物がいる可能性は低いのではないか?」
「ですが、手掛かりを残してくれている可能性はあります」
かたくななレオノアに痺れを切らしたのだろう。カイルは「それでは命令だ」と低い声で呟いた。
「お前、ゲイリーと共に私に仕えよ。人探しは皇都についてからにせよ」
レオノアはこの国の民ではない。だから、命令を聞くことはないが、そうなるとゲイリーが追ってきそうな気がする。ゲイリーの強さを木の上から見ていたレオノアには逃げ切れる自信がなかった。どうしてこんなことに、という気持ちでいっぱいだ。
「私の部下ならば、お前の追手が簡単に手を出すこともできんだろう。国境……しかも因縁あるオルコット辺境伯領近くまで来ていたのだ。諦めていると考える方が楽観的だろう。レオノアが行けば、仲間の位置もバレるかもしれん。そうなれば、また窮地に立たされることになりかねないぞ」
カイルの言葉に、レオノアは考え込んだ。
確かに、自分のせいでピンチに立たされてしまう可能性は大いにあるし、それは避けたかった。それに、自分の命はできるかぎり大切にしたい。何事も、命あっての物種である。
ようやく諦めたレオノアは、カイルたちと一緒に行動をすることになった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




