ベツレヘムの星
人数が増えたためローテーションの感覚が長くなり、僕にとっては久々の観測所任務となった今日、不運にも相方は中島だった。
僕が観測所に行く日には、高確率で中島と組む。
僕たちはそれぞれのグループの班長みたいなものだから、他の皆は班長同士が観測に当たるのだから安心だ、くらいにしか考えていないのだろうが、当人にとってはたまったものではない。
どうせなら真純ちゃんと組んでいろいろ聞いてみたい。
眞鍋と組めば、彼がいつも携えている上等な紅茶を飲ませてもらえる。
中島はというと、何も持ってこない。
持ってきてもネイルアートに使う道具や、化粧品だ。
まさか僕が化粧をして工場に帰るわけにはいかない。
そんなことをすればますます孤立してしまう。
現時点で既に若干孤立しているというのにだ。
「ミミックちゃんがいなくなってから、平和なもんね」
中島は僕が持ってきたオイルサーディンを食べながら言う。
歓迎会で余ったのをあげたのだ。
温めると臭いが出るので冷えたのを食わせる。
「梓に聞いた話では、爆撃を受けた手長足長の一部が都心に出没したそうだ。渋谷区連合は建築材で武装していたらしいから、あれを倒すのは苦労しただろうな」
「アタシたちは銃を持ってるからなんとかなったけど、もし渋谷の人たちみたいなものしか手に入らなかったら、どうする?」
本来ゾンビパニック時に武器を探すのは優先目標ではない。
なるべく戦わないように、隠れてやり過ごせるだけの食料、水を確保するのが重要だ。
どうしてもゾンビと戦わなければならないなら、長い柄の武器を探すだろう。
ユキのように槍を拵えるなんてことはできないから、必然ホームセンターに行くことになる。
だけど長居は禁物。
だだっ広い店の中は籠城には適さない。
出入り口がたくさんあるし、大人数が屯していれば目立つしトラブルの原因になる。
「釘バットでも作るんじゃないか。アメフトのマスクも欲しいな。グローブもしたいし、この時期なら厚着した上にスキーウェアを着れば、噛まれても貫通しない。とすると、スポーツ用品店に籠城するかな」
「アタシは六本木に行くわね。イケメンマッチョの外人ゾンビに噛まれたいワァ」
これだから中島と一緒にいるのは嫌なのだ。
「ン? ちょっと西の空、明るすぎない?」
中島が指差した。
まったく信じられないことばかり起こるもんだ!
11月下旬、西の空の低い位置にオリオン座が見える。
冬の名物ともいえる星座で、小学校で誰もが習う。
明るい星のリゲル、そしてベテルギウス。
ベテルギウスが通常の何倍のも輝きをはなっていた。
まさしく真夜中の太陽。
直視するのが辛いほどの光量を放っているではないか。
「爆発するすると毎年テレビで言ってたが、本当にするとはね」
「え、爆発? 大丈夫なのそれ?」
2016年11月29日、ベテルギウスが超新星爆発を起こす。
今後1年間、地球からは夜が消える。
太陽級の明るさではないから、夜が消えるとは大げさかもしれないが、それでも夜とは呼べないくらいの明るさだ。
「ベテルギウスと地球は軸があってないから大丈夫らしいよ。でも人工衛星とかはダメになるかもね。まあ、もう誰も使ってないだろうから心配ないけど」
「あらそうなの。じゃあいいワ。なんだかロマンティックで素敵じゃないの」
中島が“ロマンティック”と言う発音の仕方は、ねちっこくて背筋がゾワっとした。
しかし彼に八つ当たりをしたところで状況がよくなるわけではない。
ちょうど工場から小型無線機で連絡が入った。
マミからである。
「ちょっと、アレなんなの? 教えて星博士」
「どうやらベテルギウスが超新星爆発を起こしたらしい。正確には1374年頃に爆発していたのが、今年になって地球に届いたらしい」
「そんな……印刷技術が広まる前じゃないの……」
謎の着眼点は置いておくとして、マミも相当なショックを受けているようだった。
自然現象なのだから、日食や惑星直列と同じようなものだ。
それでも超新星爆発はレア度の桁が違う。
あの明るさ、まさしくベツレヘムの星の再来である。
クリスマスツリーの先端にくっついている星の飾り。
あれはベツレヘムの星を模したものだという。
自然に文句を言っても仕方がないのだけれど、どうせならあと半月ばかり遅れてくれたら、天体ショーとクリスマスが同時に起こる奇跡が見られたかもしれない。
「ハァ素敵。イワン様と一緒に観たかったワン」
「お前が爆発しとけよ。いてえっ」
彼のツッコミは武道の域に達していて、強烈なパンチが僕のみぞおちにめり込んだ。
もう中島をからかうのはやめにしよう。




