起き抜けに鈴木と交わした会話
目を醒ますをそこは雪国だった……冗談である。
ヒューイが顔をべらぼうに舐めるので鬱陶しくて目が醒めてしまった。
時計を見ると九時二十分。寝坊した!
皆はもう起きて朝食を済ませた後のようだった。
僕が一人遅い朝食を摂っていると、連日夜勤だった鈴木が眠る前に話がしたいと言うので、付き合うことにした。
彼は粉末のコーンスープをお湯に溶かしたものを飲んでいる。
要するに普通のコーンスープである。
「この犬はなんなんだ。夕べ説明もなく寝ちまったから扱いに困ったよ。餌はハンヴィーに載ってたヤツをあげといた。それでよかったか?」
「ああ、それでいい。すまなかったな」
「まあ、悧巧な犬なんで助かったよ。吠えないし、大人しくて勝手にどこか行かないし」
「これでいざというときは頼りになるんだ。名前はヒューイ、よろしくな」
「ヒューイってのはメタルギアの?」
「デメントの」
僕は伸びをして全身の筋肉に血流を行き渡らせる。
どこかの骨が軽妙な音を立てると、体が活動できる合図である。
一泊二日だったけれども、非常に長い二日間だった。
ゾンビを前にしたときに握った銃のグリップの感触が、今でも手に残っている。
「何があったんだ」
鈴木が言った。
「大量のゾンビに襲われて、M72を一本消費した。前と同じで車に撃ち込んで炎上させたけど、効果は薄かった。銃弾を380発消費してようやく逃げてきたってとこだ」
「それは災難だったな……収穫はあったか」
「こいつを拾ったのと」
ヒューイの頭に手をのせる。
「それから本を手に入れた。役に立ちそうなものが書かれてるやつ」
鈴木はコーンスープを飲み終わり、パーラメントライトに火をつける。
実は彼の煙草は僕たちが彼と出会う前に自力で集めたもので、カートンにして50本あった。
箱に換算すると500箱だ。
「起き抜けで申し訳ないが報告がある。遠征隊が出発した日の深夜、西の山から変なのが飛んできてな。全部で30体。体に妙なものを巻きつけていると思ったら、爆弾さ。奴らが地面に降りると同時に爆発した。1体が工場の敷地に降りそうだったから、来る前に仕留めた。ちょうどあの辺だ」
鈴木が指した方向にはコインバーキングがあった。
いびつな形の円形にアスファルトが抉れて、埋めてある配線が露出している。
「プラスチック爆弾かな。C-4ではなさそうだけど」
「どんな爆弾にせよ工場に直撃してたら危なかったな。あの規模の爆発なら壁に大穴をあけられただろう。よく仕留めてくれた」
「そういえば昨日、移動中に変なものを見た」
「変なもの?」
「ゾンビが一列に並んで壁に頭を打ち付けてた」
「なんじゃそりゃ」
「わからんがとにかく不気味だった。おそらくは何かの兆候だと思う」
「兆候か……これ以上面倒事を増やさないでほしいな。ただでさえ翅型ゾンビが都心側に戻りつつあるってのに」
「初耳だぞ」
「日野市役所があるほうを見てみろ」
窓際に寄って双眼鏡を構えると、数日前には日野市役所上空を待っていた翅形ゾンビの群れが、心持ちこちらに接近している。
その数は膨大で、現在所持している銃弾すべてを使い切っても殲滅できるかどうか……。
「銃なんか捨ててかかってこいって勢いで飛んでるな」
「コマンドーじゃあるまいし。報告は以上だ。俺は寝る、じゃあの」
「ああ、お疲れ」
ちょうど朝食も食べ終わったので、ヒューイに建物内を案内してやろうと立ち上がった。
一階に降りると、田中、中島、マミの三人が酒を飲んでいる。
「おいおい、朝っぱらから飲むんじゃないよ」
「あらァ、王子様の遅いお目覚めよ。お姉さんは失礼しようかしら」
「お前はオジサンだろ」
中島は去り際にまたもや僕の腕を抓った。
そのときにそっと耳打ちをして「お姫様が用だってヨ」
カウンターに歩み寄る。マミは顔をそむけて目を合わせてくれない。
田中はよっぽど気に入ったのかバーボンをガブガブ飲んでいた。
ガブガブ飲むような酒ではないんだけどな。
「マミ、どうした」
訊いてもなかなか答えようとしない。
「どうしたんだ、一体」
すると彼女は新しいグラスにラムを注いで、僕のほうにグッと差し出した。
「デート、する約束だったでしょ。今からスタートね」
やれやれ、と僕は村上春樹ばりに首を振った。
「わかった、付き合うよ」




