僕の味方はいなかった
「ロドリゲスに任せること……って書いてあるけど」
ファラッド様が来たことに対する返事の鳩がお父さんから飛んできた。でも一日前の状況の返事だからなんともいえないなぁ。電話やメールが欲しい。
「もう後の祭りだな」
「おかげで魔物の侵攻も防げたし、いいんじゃない?」
「そうですね。正直にお伝えするべきだと思います」
南門に迫っていたボス狼の魔物は無事に討伐。取り巻きのレッドウルフやら一角ウルフやら名前の知らない狼系の魔物達もある程度数を減らせたし、散り散りになってどこかにいなくなった。
街に残った兵士達が、近場に残った狼がいないか調べつつ、倒した狼の死体の片付けに追われている。
狼のお肉って基本的には食べられないんだって。毛皮もファイヤーボールでボロボロだし、矢だけで倒した狼以外は全部燃やして処分になるそうだ。
片付け頑張ってください。
「南側にある村の被害状況の調査の話も兵士長からでている。兵士達にはそっちの出身者も多いから心配だって声が多いらしい。確かに調査は必要だが、確認部隊を指揮できる人間がもういないんだよな」
お父さんと一緒に遠征中なのだ。コボルトの問題があるから人員がカツカツなのである。
いや、こういう危機的状況で起きるからこそ、ゲームのイベントなのかもしれない。
安心安全な状況でイベントなんか起きないものね。
「狼達が全部森に帰ってくれるわけじゃないってこと?」
「どうだろうな。そもそもすべての狼が森から来たのかもわからんし」
「そういえばそうかも」
「純粋に頭数が足りないですね」
「文官連中を動かすしかねーか」
「文官連中?」
戦えるの?
「若様、文官の大半は貴族や貴族に連なる者です。中にはJOBを修めている者もいるんですよ」
「そういうことね」
村々をめぐるとなれば、ある程度戦える人間がいないと危険な世界だ。そんな中でJOBを保持している人間がいれば、有効活用したくもなるだろう。
「大丈夫なの? お父さんいないのに文官の人たちまで動かしたら行政が滞らない?」
「すごい。若様が難しいことを言っている」
「えへへ」
千早に撫でられる。
「あんま使いたくはないがな……」
「あ、それならさ。その文官達の奥様方はどうなの?」
「奥様方?」
「そう。文官さんが爵位持ってるなら、奥様方も貴族の血筋の人の可能性が高くない? お母さんならその辺把握してると思うけど」
「だけど報酬なしじゃ動かんだろうし、領主本人からも命令ができる立場の連中じゃないぞ」
「それに女性だとJOBを持っていても戦えない人は多いわ。あたしや千草みたいなのはあまり多くないのよ」
「お母さんは?」
「奥様も特別ですね」
そっかー。僕の周りのJOB持ちの女性はみんな戦う人だけど、実は少数派なのね。
「南側にある村々が狼の被害にあっているかの確認なら、あたしが行くわ」
「一人じゃダメだよ?」
心配だもん。
「あたしは指揮の経験もあるわ。希望の兵士を何人か連れて出てくるわ」
「だがジル坊の護衛を減らすのもな……」
「……ファラッド様に若様の護衛の依頼をするのはどうでしょうか? それなら姉さんが不在でも、若様の安全は確保できます。ファラッド様はお立場的には信用できますので」
閣下の部下だから確かに信用できるし、ボス狼を一人で迎撃できたくらい実力は保証されているね。
「日中の護衛はファラッド様にお願いし、夜間は屋敷の警護を厚くするか」
「僕の護衛ってそんなに重要?」
「重要だ」
「重要よ」
「重要です」
そんなみんなして声を出さないでもいいじゃない。
「ジルベール様は優秀だな」
「ありがとうございます」
ファラッド様は、快く護衛を受けてくれた。しかも無報酬でいいらしい。
『ボス狼を街まで引っ張ってきてしまったかもしれないからな』とか不穏な事を言って、お詫びだからとかなんとか。
確かにボス狼を傷付けたのはファラッド様だったから、ファラッド様を追ってきた可能性はある。というか高い気がしてきた。
そんなファラッド様はいま、僕のお勉強の時間に付き合ってくれている。
お兄ちゃんの持ってきた教科書を読んで、紙に写したりしている。この教科書手書きだから、結構文字とか間違ってるんだよね。
まあこの世界の本は全部手書きか。
「しかし参ったな、これだけ優秀だと。この教科書じゃ物足りないのではないか?」
「まあ正直。でも歴史や神話はこの教科書で覚えないと」
テキストと違う内容で覚えても、実際に採点をするのはテキストを基に行われるのだ。どっちがどっちで覚えるのではなく、テストで点数を取れる方で覚えるのが基本である。
「ファラッド様の貴族院でのお話だと、テストは少なそうでしたね」
「そうだな。特に上級課程に入ってからは実習の方が多かった。騎士課程はダンジョンに行ったりもあったがどちらかといえば騎士団の小間使いのような仕事が多かったな」
仕事って言っちゃったよ。
「戦士持ちはともかく、剣士持ちとなると色々とやることも多かったし真面目な人間も多かった。みんな騎士のJOBが欲しいからな」
一次職と二次職では扱いが違うのね。
「千早はサボタージュしてたって言ってたけど」
「はは、まあそういう人間も多かったな。騎士団へ入団する気のあるやつだけ真面目に付き合ってたって感じだ。それが分かっていたから貴族院側も目くじらを立てたりはしない」
なんという自由な校風。
「というか貴族院側の先生でも、直接指示ができない生徒が多い。王族や公爵、侯爵家の人間に、それらと血縁にある子爵や男爵。先生方の大半も貴族の一員だが、だからこそ逆らえない相手がいる。そんなしがらみに縛り付けられるなら、生徒達の自主性に任せるって方針なんだよ」
「それ、学校としてどうなのかな……」
「そのためのペーパーテストだ。授業を真面目に受けていればクリアできるし、授業をでてなくても騎士団や魔法師団の実習で評価されれば免除される仕組みだな」
貴族院では何かしら条件がクリアできれば、とりあえずやっていける環境のようだ。
「ペンを走らせる手が止まってきているぞ?」
「もう終わったもん」
僕が肩を竦めると、ファラッド様は苦笑いだ。
「本当に優秀なんだな。よし、せっかくだから庭に出よう。少し揉んでやろう」
「うえ?」
「昨日の戦いで魔法がすごいのは分かったからね。次はアーカム様のご子息らしいところを見せてくれ」
「うええ!?」
「大丈夫、木剣を使うから」
「ええ、千草……」
「若様、いい機会ですよ。胸をお借りするといいでしょう。ファラッド様、よろしくお願いいたします」
「僕の味方はいなかった」
体を動かすのは嫌いじゃないんだよ? ただ剣を振って殴り合うっていうのが嫌なんだよ!
ぐぬぬ、部屋で本を読んでいたい。




