ダンジョンに入る前に
「っ!」
「千早?」
僕を抱っこしている千早が、なんかぞわぞわっとした動きをした。
「な、なにか悪寒が……」
「大丈夫? 降りる?」
「いえ、別段体調が悪い訳ではないですので」
「それならいいけど。僕重い?」
「男の子なのに軽すぎなくらいよ? もっと食べないといけないわ」
「僕がいつもどれくらい食べてるか知ってるでしょ」
「それもそうね」
すこしくすぐったそうにしたので、顔を横に向けて答える。
「そういえば若様って、基本的になんでも食べますよね」
「確かにそうかも。千草は好き嫌いが多かったから」
「ね、姉さんだってお肉ばっかりじゃない!」
「食べないのはロドリゲスにも、お野菜やお肉を取ってきてくれる領民達にも悪いかなって。お腹いっぱいで食べられないときもあるけど、なるべく全部口を付けるようにはしてるよ」
「偉いな、ジルベールは」
暇だったのか、殿下も会話に参加してきた。
「殿下は食べれないものとかあるんですか?」
「ああ、実はトマトが苦手でな」
「あー、僕もあの口のなかでくちゅってなる感触が嫌いです。ロドリゲス……うちの調理担当に生以外で出すようにお願いしました」
「料理人に口出しするのか?」
僕の言葉に殿下が驚きの声をあげる。
「僕の屋敷では使用人との距離が近いですから。食べられないわけじゃないですけど、できればこうしてほしいなって要望を出しただけですし」
「むう、そう、か。うちの侍女長が食べ残しには厳しくてな……」
シンシアも食べ物に関して色々と聞いてくることが多い。元々量がある程度多いから、食べ残しても文句は言わないけど、食べ残した理由とか、一口しか食べなかった理由とかめっちゃ聞いてくるもん。
「気になったことはないですけど、なんか何を何口食べたとかこと細かく監視されてる時があるっぽいんですよね」
「ああ、子供の頃にポケットにトマトを隠したことがあってな……それはもう怒られたものだ」
「それは、色々と怒られるポイントが多そうですね」
「今なら理解できるが、当時の私は5歳だぞ? 今でもたまに失敗談と称して新入りの侍女にその話をしているらしいしな」
「僕と同い年のころですねー」
僕の失敗談を話すシンシアと同類の人だね。
「シンシア先輩もジルベール様のことを楽しそうに話しますので、古くからお仕えになられている方はそういう傾向にあるのかもしれませんね」
「迷惑な話だな」
「ちなみに千早と千草はシンシアにどんな話をされたのかな?」
「ジルベールカードの作成の逸話なんかですね」
「初めて泥遊びをされたことも聞いたわ」
「泥遊びって……」
そんなに楽しいエピソードじゃないと思うんだけど?
「一番の逸話はやはりご両親の諍いを止めたときのお話でしょうか。職業の書を隠されていたのも驚きましたけど」
「自分の親のために身を削るか。想像もできないな」
千早が首を左右に振る。
「でも千早は千草のために親の罪を暴いたんでしょ?」
「あたしの身も危なかったですから、ただの保身です。それに自分の仕える主に顔向けできないような真似をしたくなかっただけですから」
「そっか」
なでなで。
「……若様」
「いいからいいからー」
もう千早を褒めてくれる両親がいないんだ。主の僕が褒めてあげないといけない。
「若様、姉さんをありがとうございます」
「千草まで、もう」
ちょっといい話になってしまった。
「おお、今日はジルも一緒か」
青の鬣のメンバーが駐屯地としている場所は、僕が見つけた書物に載っていた森の中の村だった場所だ。
そこで出迎えてくれたのは、その代表者である青い鬣を持った獅子の獣人、トッドさんだ。
当時の建物は木々に呑み込まれているが、一度整地された実績があるからか平坦な土地がそこそこ広い範囲に広がっている。
「意外と切り開かれてるね」
「まあな。木々を根っこから取り除くのは面倒だったが」
千早に抱えられてた僕だけど、千早がここは安全だからと降ろしてくれた。
「千早、ありがとう」
「いえ、問題ありません」
僕を抱っこして森の中を歩いた千早だけど、別段疲れた様子もない。
それは他のメンバーもそうだ。完全な魔法職のおじさんや千草も特に疲れた様子が見られない。
伯爵やお兄ちゃんなんかは時折魔物と戦闘をしていたのに、汗一つ掻いていない。
「みんなすごいなぁ」
「鍛えていますから」
千早と違って千草は若干汗ばんでる。他のメンバーと違って神官服って厚着っぽいからかな。
「ジル、お前男なんだから自分で歩けよな」
「そうはいうけど、僕のペースで歩いてたらここに着くころには日が暮れちゃうよ」
僕の子供ボディの歩幅を舐めないでほしい。
「がっはっはっはっ! そりゃあそうだ!」
青の鬣のリーダーであるトッドが笑いながら僕の頭をわしゃわしゃ撫でる。首がもげそう。
「トッドさん、若様は可愛くて繊細なんですから」
「そうです。小さくて可愛いんですから乱暴に扱わないでください」
「まあ、確かにジルベールは可愛いな」
殿下にまで可愛い言われる僕である。
「ダンジョンは近いんだよね?」
「ああ。ここから北に10分程度歩けばあるぞ。内容は聞いているな?」
「うん」
僕が以前見つけた本の内容の通りと聞いている。
今日の目的地は4階だ。
1階から3階のコボルドやレッドウルフ達は数が揃うと僕を守りながら戦うのが難しいとのことでそこは素早く抜けることに。
魔物が少ない4階で戦うことにするそうだ。
「4階でヒュージヒューマスポアを倒すんだよね」
「ええ、あれは動きが遅いですから」
「もう一種類のミルオックスはこちらから攻撃をしかけないと攻撃してこないですから、若様の遠距離魔法ならば安全に倒せるでしょう」
「そういう話よね」
「まあそうだな。3階のコボルドとレッドウルフの混合帯だけ気を付ければってところだが……まあそのメンバーなら大丈夫だろ」
トッドさんが伯爵を見た後おじさんにも視線を向ける。
この二人が特に強いんだろうね。
「ダンジョンは初めてだろうがな、とにかく仲間から離れず周りの指示に従うことさえ守っていればいい」
「うん」
「そうだな。だがいざとなればワシもお前の兄も殿下を優先する、それを忘れるなよ?」
伯爵が厳しい表情で僕を見る。お兄ちゃんもその言葉に頷く。
「ま、オレだけはジルを優先してやるから安心しろ」
「あたしもです」
「若様に危害は加えさせません」
「え? トッドさんもくるの?」
「案内役でな。まあ暇だし」
「暇なんだ……」
それは心強い、のか?




