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ラスボス兼任悪役令嬢  作者: 草野猫彦
一章 転生
10/19

判定の儀

 この日、生まれて初めて、トリエラは領都ウーテルにおける、ローデック公爵家の本邸に入った。

 出産もその後も、セリルは全て別邸で行ったし、トリエラの父であるクローディスがそこを訪れたのは、数えるほどしかなかった。

 だがセリルにとっては、そちらの方が都合がよかった。

 トリエラは赤ん坊の頃から、かなり特殊な子であった。

 一族の赤子を見ていたセリルにからすると、意味なく泣き喚くということがない。

 腹が減った時と、オムツが塗れた時ぐらいしか、乳母を呼ぶこともなかった。


 また少しどころではない、好奇心の旺盛さも特徴であった。

 かつてあの別邸では、家督を継承しない者が、研究のために本を集めていた。

 その後もあの屋敷は側室やその子が使うことが多く、年齢別にある程度の書籍を揃えていた。

 トリエラの読んでいる本は、年齢からすれば随分と、内容が難しいものだと思うのだ。


 子供特有の好奇心。

 だがそこからトリエラが、何かを見出すということがないように思える。

 いつの間にかセリルは自分の娘が、何か遠いところを見つめるようになったのに気づいた。

 子供が語る、夢見がちな未来ではない。

 魔法を使いたいと言ったのも、何かを確信していたかのようだ。

 それはまるで、故郷の部族の神官たちのように。

 ただあれは、そういった教えを受けたからこそ、あのように狂信的になるのだとは理解していた。


 トリエラは違う。

 何かが決定的に、他の子供とは違う。

 自分が何のために生まれてきたのか、確信しているかのようなあの目。

 そして魔法によって判定をした時、セリルはその未来が分かった。

 故郷のあの神官たちの吐く、呪詛の言葉。

 セリルは故郷に伝わる歴史を、懐疑的に聞いていた。

 巫女と育てられながら、多くの知識を教えられてきた。

 同じように育った娘は何人かいたが、その中でもセリルのような少女はあと一人ぐらいであった。

 彼女はセリルが嫁ぐ前に、部族からは消えていた。

 果たしてどうなったのか、セリルの知ることではなかった。




 広大な屋敷の中を歩くと、一度中庭に出て、回廊を通って離れに向かう。

 どこに向かっているのか気になるが、とりあえず母も一緒であるのだから問題ないのだろう。

 使用人などと出会うことはないが、あちこちから人の気配は感じる。

 訪れたのは、小さな礼拝堂のような場所だ。ただ、礼拝堂ではないだろう。この世界はそういう宗教ではない。


 大きく開く扉の中は、やや薄暗かった。

 だが高い位置に小さな窓があり、そこそこ外光が入ってきている。

 灯明の魔法で光源を増やしているが、それでもまだ普段の灯明の魔法よりも、光量が抑えられている。

 儀式用にでも使うような建物に見えた。

 既にその中には、今回の儀式のための人間が揃っている。


 見覚えのある人間がいる。

 トリエラの父であるクローディスは、おおよそゲームに準拠した容姿である。

 髪は真っ赤であり、ローデック公爵家の人間は、基本的に赤い髪が遺伝している。

 それはトリエラの異母弟であるクレインも同じで、並べてみたら明らかに、あちらの方がローデック家の血が濃いと思えるものだ。

 もちろんトリエラは母親似そっくりであるため、不貞などを疑われているわけではない。

 ただトリエラの感覚としても、男子で自分に似ている長男の方を、可愛がってもおかしくはないだろうと思う。

 

 使用人たちの噂話によれば、セリルとクローディスの間には、夫婦の営みさえほとんどなかったはずだ。

 なので本当の子供なのかどうか、怪しまれているのだ、と使用人たちは言う。

 もちろんトリエラは、自分がこの父の娘だと知っている。

 ローデック公爵家に伝わる神器を、ゲームでトリエラは使えるのである。

 それに母親としてセリルを見た場合、浮気をするような人間とは思えない。

 貞淑であると言うよりは、そもそも男に興味がないのではないか。

 

 クローディスの他には、前ローデック公爵であるグレイルがいる。

 クローディスの父であり、ミルディア王国の現在の宰相。

 同じく赤毛であるが、それには白いものが混じっており、深い皺と共に年月の積み重ねを感じさせる。

 これまたゲームのキャラの面影があるが、あいつらはどこまで世界に干渉しているのか。




 二人のトリエラに向けてくる視線は、鋭いものがある。

 悪感情というほどのものではないが、人を見定めようとする目だ。

 セリルもこういった、機械的な目で人を見ることがある。

 だがこの二人の視線は、威圧感さえ伴っていた。


 そしてもう一人、明らかに視線に敵意を乗せてくるもの。

 最初からこの場にいる者の中では、唯一の女性である。

 金色の髪に翡翠の瞳と、外見だけなら美しい。

 衣服や装飾品の豪奢さに、年齢などから考えれば、クローディスの正室であるロザミアなのだろう。

 ゲームには出てこない登場人物であるし、クレインの母親の名前など知らなかったが、さすがに事前には知らされていた。


 トリエラは前世で、クレインルートは攻略していない。

 なのでロザミアについては、詳しくは知らないのだ。

 ただわずかな絡みの中に、既に死んでいるというような話はあった。

 それがクレインを、ああいった弱気なキャラにしてしまった原因なのかもしれない。

(ひょっとしたら、私が殺すのかな)

 ゲームの中でのトリエラとクレインの交流は、姉弟であるのにあまりない。

 おおよそクレインが逃げ出すというものだったが、トリエラがロザミアを殺したのなら充分にありうる話だ。


 ただそんな想像は後にして、今は父と祖父の歓心を買うことが重要になる。

「お父様、お祖父様、ご機嫌麗しゅう」

 スカートの裾を掴んで、家庭教師が教えた通りに挨拶をする。

 物怖じをしないトリエラの姿が、果たしてどう映っただろうか。

「うむ、久しいな」

「儂は初めて会うか」

 とりあえずその声色からも、変にトリエラに悪意を抱いているとは思えない。

 もっとも、好意も感じられなかったが。


 容姿の美しさを利用して、父や祖父といった存在を、こちらに引き寄せる。

 そういった手段も有効だろうとは思ったが、トリエラには無理であった。

 いずれゲームのように物語が進むなら、かなりの確率で父や祖父は死んでいく。

 その時に変に情が移っていれば、殺すのにもためらいが出てくるかもしれない。

(私が生き残るためには、さっさと公爵家の家督を継ぐのが一番だろうけど)

 トリエラは無表情で相対しながらも、ごく自然と二人を排除する方法を考えていたのであった。




 この宗教的儀式を行う部屋には、他にも三人の人間がいた。

 全員が明らかに神官であるが、一人は明らかに高位の者の服装をしており、それを補佐するのが二人の神官なのか。

 セリルから聞いていた、貴族限定の判定の儀。

 わざわざ一人だけのために、こうやって神官から足を運ぶのだ。


 ただセリルの場合は、神官ではなく部族の長老である魔法使いが、同じ仕事をしていた。

 だからこれは神の奇跡などではなく、単純な魔法なのだと分かっている。

 一族の中でも、特に直系の父と祖父、そして父の正室だけを同席させているというのは、セリルの聞いたミルディア王国の貴族のやり方とは違う。

 普通ならば直系の子供の場合は、特に一族の有力者を多く集めるはずなのだ。

 それがこれだけ限られているというのは、やはりセリルの不義が疑われているということ。

 またもしもそれが明らかになれば、明らかにならないように対処するためであろう。


 身内は横に移動し、高位神官である司祭が最奥を背中にして立つ。

 若手の神官が一人は水晶球を、そしてもう一人は磨かれた金属製の板を持ってきた。

「さあ、姫様はこの板を、左右から両手で持ってください」

 既に一度は経験したものだが、金属の質感が以前とは違う。

 なんらかの合金だとは思うのだが、鉄よりは軽い気がする。


 司祭が杖を、その金属板にかざして詠唱をする。

 それは古代語によるもので、神々への祈りなどではなかった。

「姫様、それでは右手から魔力を、板を通して左手に流すイメージをしてください」

 そう言われても素養のない人間には、不可能であったりする。

 その場合は神官たちが介在するわけだが。

 トリエラはもちろん、魔力操作までは出来るようになっている。

 金属板が光り、かすかに気配が揺れた。


「なるほど、我が魔道の家の血脈だ」

 そんなクローディスの言葉は、とりあえず無視するトリエラである。しっかり記憶はしておくが。

「それではまず名前を仰ってください」

 セリルの教えであると、口に出さずに念じるだけでも充分なはずであったが。

「トリエラ・クローディク・ローデック」

 プレートに名前という単語と、トリエラの名前が浮かび上がった。


 年齢、所属、身分などといったものが確認されていく。

 そして大事なものが一つ。

「血統を」

「血統」

 言われたままに、その言葉を発した。

 すると板に浮き出たのは、いくつかの単語。

「おお!」

 そして祖父のグレイルが声を上げる。


 血統という単語の隣には、いくつかの単語がやはり並んでいた。

 その中に一つだけ、短い文がある。

 それは『混沌の継承者』と書かれていたのだ。




 およそ1600年前のことになる。

 神代の終わりの大戦において、人類の中から12人の使徒が選ばれ、神々の祝福を受けた。

 そしてその祝福と共に、使徒に与えられたのが、12の神器である。

 現ミルディア王国の王室もまた、その一つを継承している。 

 そしてローデック公爵家も、その使徒の子孫であるのだ。


 受け継いだ神器の名前は『混沌の指輪』という。

 善悪も関係なく、全ての正邪を焼き尽くす、原初の炎を司るという神器。

 血統の項目には、重ねられた婚姻によって、他の血統も混じっている。

 実際にトリエラのその項目にも、他の血統が混じっているのは分かった。

 重要なのは、継承者か否か、ということだ。

 世代に一人だけ現れるという、神器の継承者。

 既にセリルのおかげで、トリエラはこの継承者であることを知っていた。

 そして王や貴族の当主は、絶対にこの継承者が選ばれる。

 もちろん実務は他の者に任せたりもするが、基本的に全権限は継承者に集まるのだ。


「これは、婿探しはしっかりやらんといかんな」

 グレイルは上機嫌になったようであるし、クローディスもトリエラに対する気配を弱めていた。

 逆に明らかに敵意を、いや憎悪を向けたのがロザミアである。

 彼女の息子はこれで、公爵家の後継者からは外された。

 もちろん公爵家の一門ではあるので、その影響力が全くなくなるというわけではない。

 トリエラに子供が生まれなければ、彼の子供が次の継承者になる可能性も高い。

 ただそれでも、クレインは公爵家の当主にはならないことがほぼ確定したのだ。


 貴族というのは血が全てである。

 このあたりトリエラとしては、前世の価値観とはどうしても合わない。

 確かに前世でも、過去には特権階級というものはあった。

 だがこの世界においては、その血統に対して、確実にこういった価値が示されている。


 貴族とそれ以外を分ける、絶対的な壁。

 最初はそう思ったものだが、実は貴族でも血統にそれらが発現しない者はいて、逆に隔世遺伝で発現する者がいる。

 確かに継承者までとなると、かなりその血も濃いものとなるのだが。

 ゲームでもこの実世界でも、血統は多くを継承すればするほど、その人間の素質は成長しやすくなると言われている。

 トリエラなどは混沌以外にも、しっかりと継承しているのが明らかだ。




「閣下、職階もお調べになりますか?」

「ふむ、まだ六歳であるなら、早い気もするが」

「まだ何も明らかでなければ、それはそれで構わないではありませんか」

 職階というのは、ゲームにおいてはクラスと呼ばれるものであった。

 職業、兵種、などとも言われていたが、ニュアンスは微妙に違ってくる。

 セリルの説明によると、神々が人間に与えた、魔物と戦うための力の一つであるという。

 クラスに就くことによって、能力の上昇値が上がったり、特定の恩恵を得やすくなる。

 恩恵というのはゲームではスキルと呼ばれていたものだ。

 ただこのクラスには、ゲームとの決定的な差がある。


 ゲームではクラスは、ほとんどが戦闘用のものであった。

 あるいは特殊な生産職であり、一般的なものはない。

 だがこの世界では、農民や商人、漁師といったようなクラスが存在する。

 どういったクラスに就くことが出来るかというと、ゲームではレベルと熟練度が関係していた。

 オーソドックスな『戦士』であると剣などの接近戦武器の熟練度が1以上であること。

 レベルに関しては、特に制限のない、初級職であった。


 今のトリエラは六歳であり、その経験などもしれたもののはずである。

 なのでクラスの適性を見ても、何も表示されないこともある。

 平民などは村などであれば、10歳の子供を全員、一気に判定する、という手段も取られている。

 貴族の場合はおおよそ、六歳頃からは毎年、誕生日を前後して神官に調べてもらうのだ。

 もちろんこれも、神々による慈悲などではなく、実際には世界にセットされたシステムである。

 なので魔法によってこの先の結果も、トリエラは既に知っている。

 セリルもまた驚いていたが、これはどうしようもない。


 水晶球が接近する。

「それでは姫様、職階を」

「職階」

 水晶球の表面に、多くの文字が浮かぶ。

 それを見て今度は、神官たちも含めた全てが驚きの表情を見せた。

 もちろんあらかじめ知っていた、トリエラとセリルは除いて。


 戦士 戦鬼 軽戦士 魔法戦士 剣士 剣豪 魔剣士 魔法剣士

 双剣士 剣闘士 拳闘士 格闘家 狩人 野伏 魔術士 魔導師

 魔法兵 斥候 探索者 冒険者 荷役 薬師 密偵 暗殺者

 旅人 農民 職人


 これが、現在のトリエラが就くことが出来るクラスであった。

明日は一日空けます。

カクヨム、ノベルピアは先行します。

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