078・予定
その日の午後、僕ら4人はグランビット装備店を訪れた。
そして、ミスリル銀の神像を納品し、それを見た女店主アライアさんは、1分近く唖然としていた。
やがて、再起動して、
「まさか、こんな形で素材納品されるとは思わなかったよ……」
と、眉間を押さえた。
それから苦笑して、
「長年、この商売してるし、自分で素材集めてくる客もいたけど、お前さんたちみたいなのは初めてだね」
「…………」
「ミスリル銀鉱石を求めたら、ミスリル銀の神像を持ってくるって……どうなってるんだい?」
「…………」
その言われように、僕らは顔を見合わせてしまう。
彼女は、腕組みして神像を見つめる。
僕は首をかしげて、
「これじゃ駄目?」
「いや、駄目じゃないさ。けど、罰当たりだね」
「…………」
「これを溶かして素材にするより、このまま売りな。んで、その金額で市場のミスリル銀鉱石を買ったら、多分、お釣りが出るよ」
「そうなの?」
「あぁ、間違いなく、ね」
彼女は、大きく頷いた。
そっか。
3人を見る。
アシーリャさんはよくわかってない様子だけど、獣人兄妹に異論はなさそうだ。
「じゃあ、そうする」
「そうしな」
「うん。でも、どこで売ったらいい?」
「…………」
「…………」
「わかった。一旦、うちで預かっとく。あとで商業ギルド所属の店に売っとくよ。素材もうちの在庫のミスリル銀を使うさ」
「いいの?」
「下手な店に二束三文で売られたら、目も当てられないからね」
彼女は、手をヒラヒラと振った。
僕は、目を瞬く。
「ま、素人客の面倒見るのも仕事の内さ」
と、アライアさんは笑った。
その笑顔は、とても気持ちがいい。
僕も頷く。
「ありがとう」
「いいってことよ」
店主の女ドワーフさんはそう言って、片目を瞑った。
それに、僕らも笑う。
それから、
「装備の設計図はできたのか?」
と、カーマインさんが訪ねた。
アライアさんは頷く。
「初期案はね。――ほら、こんな感じだよ」
バサッ
受付カウンター上に、大きな紙が広げられた。
そこには、4人分の防具の設計図が描かれていた。
(へぇ……?)
採寸もしてあるからか、凄く細かい。
彼女は、説明してくれる。
装備の基本は『赤色鉄鉱石』を使う。
そこに物理防御力の高い『アダマン鉱石』と魔法防御力の高い『ミスリル銀』を重ね、『魔力結晶』を溶かした回路で魔法金属の合金として結合させる。
これで、物理と魔法の両方に高い防御力が得られる。
仕上げに『研磨石』。
複数の鉱石を削るので、相当数、必要だったみたいだ。
…………。
実際は、もっと難しい説明だったんだけど、素人の僕なりに要約するとこんな感じみたい。
ま、説明がわからなくても構わない。
(ちゃんと防具ができれば、ね)
僕としては、それで充分なのだ。
ちなみに、獣人兄妹もあまりわからなかったみたいで、アシーリャさんに至っては最初から遠くを見ていた。
でも、男爵様推薦の鍛冶師さん。
なら、大丈夫。
そう信頼して、僕らは、この設計図のまま防具を作ってもらうことにした。
「うし、わかったよ」
その返答に、アライアさんも頷いた。
腕まくりして、やる気充分。
顧客からの承認も出たので、今夜から作業に入るそうだ。
ちなみに完成は、10日後予定。
それまでは僕ら4人もロックドウムに滞在して、10日後にまた来店することになった。
…………。
そんな感じで話は終わり、僕らは宿屋に帰ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
夜空には、3つの月が昇った。
時刻は、夜9時ぐらい。
僕はベッドに座って、宿屋の窓から、町を覆う巨岩の上部にある穴から見える夜空を眺めた。
(……うん、面白い景色だね)
改めて、そう思う。
視線を下げれば、ロックドウムの町並が広がっていた。
町の灯りは、まだ明るい。
目を凝らせば、町の所々から煙が上がっていて、遠くカンカン……と金属を叩くような音も聞こえていた。
(やっぱり鍛冶の町だね)
とても賑やかだ。
室内を見れば、獣人兄妹は自分たちの武器の手入れをしていて、アシーリャさんはベッドに仰向けに寝転んでいた。
綺麗な金髪がシーツに広がっている。
見ていると、視線が合った。
「…………」
彼女がはにかむ。
僕も微笑んだ。
そんな僕らに気づいて、
「なぁ、ニホ? 明日からどうする?」
と、赤毛の獣人青年が手入れの手を止め、聞いてきた。
(ん……?)
僕は、彼を見る。
彼は少し悩んだ顔で、
「10日間、暇な時間ができたからな。何するかと思ってな」
「そっか」
「ニホは決めてるのか?」
「うん」
僕は頷いて、
「せっかくだから、町を見て回ろうかなって思ってるよ」
「町を?」
「うん」
「…………」
「僕、あまり外の世界を知らないからさ。せっかくだし、のんびり観光しようかなって」
「そうか、なるほどな」
カーマインさんは、納得したように頷いた。
すると、
キュッ
僕の服の裾が引っ張られた。
(?)
見れば、隣のベッドから手を伸ばしたアシーリャさんが、僕の服を指で摘まんでいた。
何かを訴えるような瞳。
…………。
僕は笑って、
「アシーリャさんも、一緒に行く?」
「は、い」
その確認に、彼女は嬉しそうに頷いた。
そっか。
「じゃあ、2人で行こうね」
僕も頷く。
ふと気づくと、フランフランさんも何かを言いたげな顔で、こちらを見ていた。
(???)
何だろう?
僕は首をかしげる。
彼女は「い、いえ、何でも……」としょんぼりしたように呟いた。
その兄は苦笑している。
そして、
「そうだな、じゃあ俺とフランは、ダンジョン管理局に顔を出してみるよ」
「管理局に?」
「おう。ほら、南西ダンジョンで新区画を見つけただろ?」
「あ、うん」
「その報告だな。瓦礫どかせば、礼拝堂の奥にも行けそうだったし、あの騎士像が埋もれてることも知らせとかないとまずいだろうしな」
「そっか、そうだね」
瓦礫に潰されて、壊れてたらいい。
でも、もし無事だったら、あの恐ろしい騎士像が他の冒険者も襲うかもしれない。
知らずに掘り返されたら大変だ。
彼は頷いて、
「だから、明日の朝、開局したら行ってみるさ。な、フラン?」
「う、うん、兄さん」
話を振られて、妹も頷いた。
…………。
そんな感じで、僕らは明日、2手に分かれることになった。
そして翌朝、話していた通りに、僕は杖君、アシーリャさんと一緒に鉱山の町ロックドウムの町中へと繰り出したんだ。




