064・黒い杖
老人は、黒い杖を構えた。
ジジィン
その先端が闇色に輝く。
すると、杖の先に真っ黒な氷柱のような物質が生まれた。
僕は、青い目を見開く。
何かわからない。
でも、
(何かやばそうだ……!)
そう直感した。
その直後、老人は「穿て」と短く呟いた。
キュドン
瞬間、その『闇の氷柱』は砲弾のように発射された。
「! 俺か!?」
その射線上にいたカーマインさんは、咄嗟に胸の前で小剣と魔法剣の2本を交差した。
闇の氷柱は、そこに直撃する。
ドギャン
「うおっ!?」
小剣の1本が砕け、衝撃で彼は弾き飛んだ。
ゴロゴロ
7~8メートル、地面を転がる。
フランフランさんは「兄さん!?」と悲痛な声だ。
けど、小剣以外、彼は無事だったようだ。
顔をしかめながら、
「くそっ、何だ今のは!?」
そう悪態を漏らしながら、身体を起こした。
僕らは、ホッとした。
同時に老人は「ほう、生きておったか?」と感心した顔で呟いた。
「…………」
タッ
そんな老人に向け、アシーリャさんが『アルテナの長剣』を手に走りだした。
フランフランさんも弓を構え、
「よくも兄さんを!」
バシュッ
正確無比な矢を容赦なく、老人に向けて放った。
老人は笑った。
ピカッ
黒い杖が闇に輝く。
途端、彼の前面に黒く透明な光円が生まれた。
パキィン
矢は、その『闇の盾』に弾かれる。
それでも、フランフランさんは2度、3度と矢を連続で放つけれど、
パキィン パキィン
全ての矢は、弾き返された。
彼女は悔しそうだ。
けれど、その間にアシーリャさんが長剣の間合いに入っていた。
「ふ……っ」
ヒュオッ
青色の剣が振るわれた。
けれど、
パキィン
やはり『闇の盾』に防がれた。
長い金髪をなびかせて、彼女は何度も長剣を打ち込むけれど、その先に『闇の盾』が生まれて弾かれてしまう。
老人は、笑っていた。
(……うん)
あの盾、自動防御だ。
老人の反応速度に関係なく、迫る攻撃を勝手に防ぐのだ。
なんて便利な……。
そして、老人は長剣と矢を防ぎながら、
「――どれ」
と呟き、
ジジジッ
その先端から『闇の大剣』のような輝きを生みだした。
長さは、3メートル弱。
でも、重さはなさそうだ。
そうして、老人は、無造作にヒュッと『闇の大剣』を横に振るった。
アシーリャさんは、
「っ」
反応した瞬間、素早く下に回避した。
ヒュパッ
直後、彼女の背後にあった5メード以上の巨岩が、真っ二つに切断された。
……は?
僕は、目を丸くした。
ズズゥン
斜めになった岩は、土煙をあげて地面に落ちる。
僕も、獣人兄妹も、言葉がない。
アシーリャさんは、
タン
険しい表情のまま、闇の大剣の間合いの外まで後方に下がっていた。
(……いやいや)
何それ?
とんでもない威力なんだけど……。
あんなのが直撃したら、あの火炎蜥蜴の首だって簡単に切断できてしまうよ?
僕は、ただただ唖然だ。
その目の前で、老人は、
「ふむ、素早いな」
と呟いた。
そして、黒い杖の先をトンと地面に当てた。
(……?)
今度は何だ?
そう思った瞬間、
ギュバッ
「えっ!?」
「うおっ!?」
「きゃあっ!?」
「!!!」
僕らの足元の地面から無数の『闇の手』が生えてきて、僕らの両足を掴んだ。
凄い握力だ。
(う、動けない!)
アシーリャさん、カーマインさんが剣を突き立てるけど、
バシィン
刃が弾かれてしまう。
老人は笑った。
その杖の先からは、再び『闇の大剣』が生えていた。
トッ トッ
1歩ずつ、こちらに近づいてくる。
まさに死の歩みだ。
どうする?
どうすれば……?
そう考えていると、
ピカン
(!)
僕の手の中で、杖君が光った。
そうだ。
僕には杖君がいる。
僕は、手にした白い杖を強く握り締めて、
(お願い、杖君)
と、その力を信じた。
そして、言う。
「杖君、『ドリルの魔法』!」
ピカン
杖君が輝き、先端に『光のドリル』が生まれた。
(えいっ)
それを『闇の手』に当てる。
すると、
ボパァン
その黒い手は、ゴムが千切れるように四散した。
(やった!)
僕は、心の中で喝采だ。
同時に、それを目にした老人は「何っ!?」と驚愕の表情だった。
ボパパァン
他の3人の『闇の手』も破壊する。
赤毛の獣人青年は、
「すまん、助かったぜ、ニホ!」
と、魔法剣を構えた。
僕も「うん」と頷き、杖君を構えた。
フランフランさんも「ありがとうございます!」と弓に矢をつがえ、アシーリャさんも無言でアルテナの長剣を構え直した。
老人は片目を見開いたまま、
「……貴様、何をした?」
「…………」
「我が『黒の霊杖』の魔法を破るとは……いったい、どういうカラクリじゃ?」
「…………」
黒の霊杖……?
その名前に、僕は少し驚く。
けど、老人は苛立ったように、
「ええい、答えぬか!」
と、叫んだ。
同時に、黒い杖の先から、
キュドン
闇の氷柱が発射された。
そちらに、僕は杖君を向け、
「杖君、大砲の魔法!」
ピカン
杖君は輝くと、先端に虹色の光球が生まれた。
それは『光の砲弾』となって、『闇の氷柱』と空中で激突した。
ドパァアン
光と闇が弾け散る。
その煌めきが散る中で、僕と老人は白と黒の杖を構えて向き合っていた。
「おのれ……何者だ、小僧?」
「…………」
「…………」
「ニホ」
僕は、短く答えた。
老人は「ニホ?」と怪訝そうに繰り返した。
僕は頷き、
「杖君、弾丸の魔法!」
と、容赦なく魔法を発動した。
ピカン
杖君が輝き、『光の弾丸』が連続発射される。
パシュシュッ
老人は「ぬう!」と唸ると、『闇の盾』を眼前に構築した。
パキキィン
黒い表面で光が砕け、粒子が散る。
駄目か。
やはり、防御が固い。
と、老人は黒い杖を振り上げて、
「小賢しいわ!」
「!」
「見るがいい、本物の攻撃魔法とはこうやるのだ!」
ジジィン
杖が唸り、そこに黒い光が集束する。
あれは、まずそうだ。
そう思った瞬間、老人は黒い杖を振り下ろして、
ボバァアン
その先端の黒い光の中から、『闇の火炎』が竜の火炎吐息のように噴出された。
僕も、杖君を構える。
「杖君、3重防御魔法!」
ピカン
杖君が輝き、
ボババァアアン
直後、僕らの姿は『闇の火炎』の流れに飲み込まれた。
視界に、黒い奔流が映る。
(熱い……っ)
けど、耐える。
そして、10秒ほどして、闇の火炎が消えた。
「何……だと?」
老人が呆けた。
その片目の見つめる先では、3重の光の光球に包まれる僕ら4人の姿があった。
全員、無事だ。
そして、フランフランさんは片膝をつきながら、弓を構えていた。
「はっ」
バシュン
光球の中から、矢を放つ。
「くっ」
魔法を使った直後だからか、『闇の盾』の発動が間に合わない。
老人は慌てて回避した。
ビシッ
黒いローブに掠り、生地が弾ける。
「お、おのれ」
焦ったように、老人は黒い杖を振るった。
ボヒュッ
途端、彼の周囲に『闇の煙』が生まれた。
目くらまし?
その姿が見えなくなり、フランフランさんも弓が放てない。
僕は、すぐに杖君を構えた。
「杖君、探査魔法!」
ピィン
杖君を中心に同心円状の光が広がった。
すると、
パアッ
黒い煙の中で、輝く人型がハイライトされた。
(あれだ!)
思った瞬間、
「おらっ!」
獣人のカーマインさんが身体能力を生かして、手にした雷の魔法剣を投擲していた。
ドシュッ
「ぐあっ!?」
黒い煙の中、青い放電が散り、悲鳴が上がった。
よし、命中した。
と、ハイライトされた人影は、手にした杖を振るう。
タンッ
闇の煙を突き抜けて、空中高くへと、足元から『闇の翼』を生やした老人が飛んでいた。
肩には出血があった。
逃げる気か?
「させない!」
僕は、
「杖君、光翼の魔法を!」
ピカン
背中に光の翼を生やして、跳躍した。
身体が軽い。
そして、奴と同じ10メートルの高さにまで跳んで、驚いている老人へと杖君の先を向けた。
「杖君、大砲の魔法!」
ドパァッ
光の砲弾が発射される。
老人は「く……っ」と慌てて『闇の盾』を構築。
ボバァン
そこに、光の砲弾が直撃。
その衝撃波で、老人の身体は地面に落ちていく。
「…………」
タタタッ
その落下点に、金髪をなびかせてアシーリャさんが走った。
アルテナの長剣を振るい、
ヒュパン
空中で体勢の崩れていた老人の左腕を、肘上辺りから跳ね飛ばした。
(やった!)
傷口から、鮮血が噴く。
その身体が地面に落ち、転がる。
老人は「ぐおおっ!」と苦悶の声をあげ、
ジィン
けれど、黒い杖が輝くと、傷口が黒い膜のような物に覆われて、出血が止まってしまった。
タッ
光の翼を広げ、僕は地面に着地する。
よろめく老人は、憤怒の形相だ。
その老人の眼光から僕を庇うように、アシーリャさんが前に出て青い長剣を構えた。
しばし睨み合う。
そして、
「おのれ……このヴォイド・ローガスの血肉を奪うか、若造共が」
「…………」
「いいだろう」
「…………」
「今日の所は引いておく。だが、貴様らの顔は覚えたぞ! 常に狙われる恐怖に怯え、震える夜を過ごすがいい!」
老人は叫んだ。
同時に、
ピカァン
(うわっ!?)
黒い杖が閃光のように輝いて、視界が奪われた。
即、アシーリャさんが動き、
ヒュン
長剣を振るった。
けど、手応えがない。
すぐに視界が戻り、すると、そこには何もない、黒い染みのある地面だけが残されていた。
もしかして、
(瞬間移動……かな?)
奥の手を残していたみたいだ。
ちょっと残念。
でも、あまりに手強い相手だった。
だから無事に撃退できたことに、正直、安堵もしていた。
「ふぅ……」
僕は、大きく息を吐いた。
アシーリャさんが心配そうに僕を見つめる。
それに、僕は微笑んだ。
見れば、獣人兄妹も僕らの方に小走りに近づいてきていた。
そして、
ピカピカ
手の中の杖君は、僕を労うように光った。
杖君を見つめる。
この杖君の正式名称は、確か、
(白の霊杖……だったっけ?)
……うん。
関係は、よくわからない。
だけど、あの老人と黒い杖には、妙な因縁が生まれた……そんな気がした。
でも、とりあえずは、
「うん、お疲れ様、杖君」
僕もそう笑って、この手の白い杖を労ったんだ。




