056・お礼
(わぁ……)
扉から現れたのは、とても可憐な少女だった。
年齢は、10~12歳ぐらい?
僕とそう変わらない。
長い髪は雪のように白くて、瞳は真っ赤だ。
アルビノ……かな?
ゆったりしたワンピースドレスをまとう彼女は、線も細く、儚げな雰囲気があった。
でも、だから美しい。
(う~ん?)
将来、美人になるのは確定だね。
活力に溢れた母親とは、まるで違った魅力の女の子だった。
レオナ男爵は、
「私の娘のファルシンティアだ」
と紹介した。
青白い肌をした彼女は、僕らに丁寧なカーテシーを見せた。
儚げに微笑み、
「初めまして、ニホ様、アシーリャ様。レオナ・フォルダンテの娘、ファルシンティア・フォルダンテです」
と、可憐な声で名乗った。
僕も頭を下げる。
「初めまして。僕はニホです」
「…………」
「あ、えっと、こっちはアシーリャさんです」
と、無言の彼女の代わりに紹介する。
男爵令嬢様は、少しだけはにかんだ。
彼女は、レオナ男爵の隣に座る。
「大丈夫かい?」
「はい、母上様」
気遣う母に、少女は微笑んだ。
そして、僕らを見て、
「こうして動いても、眩暈も吐き気もありません。これも全て、ニホ様たちのおかげですわ」
と言った。
その赤い瞳は、熱く潤んでいた。
話を聞くと、彼女は生まれつき、心臓に問題があったらしい。
その影響で、免疫力も弱かったとか。
おかげで、ただ歩くだけでも息切れし、病気にもなりがちだったと言う。
(……うん、大変だ)
医師もお手上げ。
高い金額を払って、神和国ラーディアの高位神官に回復魔法をかけてもらったこともあると言う。
でも、
「元気になるのは、一時的でね」
と、苦そうに言う男爵様。
生来の病は、魔法では治せないんだって。
熱病などを治すのが精一杯。
1~2週間もすれば、元の弱った状態に戻ってしまうそうだ。
治療法は、万能治療薬のみ。
ただ、作るには希少な材料が多く、素材集めに7年かかっているとか。
(7年……って、凄いね)
正直、驚きだ。
特に『太陽の恵みの花』は、5年以上、探していた。
あちこちの商店を探し、オークションにも参加して、けれど、どうしても見つからなかった。
見つかっても、品質が悪く使えない。
5年前の冒険者の時も、そうだった。
それ以降、クエスト依頼はやめ、かつての仲間のマーレンさんが認めた人物にだけ頼むようにしたと言う。
(なるほど、そっかぁ)
それで認められたのが、
「ニホ君だったのよ」
と、ハーフエルフの受付嬢さんは微笑んだ。
僕への指名依頼。
その裏には、こんな事情があったんだね。
レオナ男爵は、
「おかげで、万能治療薬は完成した。娘もこの通りだよ」
と、笑った。
その表情には、長い苦労から解放された優しさがあった。
娘さんも微笑む。
長い髪を肩からこぼして、
「ニホ様たちは、命の恩人です。私を助けてくださって、本当にありがとうございました」
と、深く頭を下げた。
何だか、くすぐったい。
僕は微笑み、
「元気になって、本当によかったね」
と、心から言った。
彼女は「はい」と嬉しそうにはにかみ、男爵の母と笑い合った。
◇◇◇◇◇◇◇
そのあとは、お茶会となった。
高そうなお茶とお菓子をご馳走になりながら、僕らが『どう薬草花を集めたか』を聞かれた。
僕も正直に、全てを話した。
ま……隠すことなんてないしね?
杖君の魔法で生えている場所を探して、崖にある『太陽の恵みの花』を見つけて、蔦のロープを使って採取した。
それだけである。
大した冒険譚でもない。
でも、男爵様は興味深そうに聞いていた。
娘のファルシンティア様もずっと病気で自宅暮らしだったからか、僕の話を楽しそうに聞いてくれた。
(……うん)
それなら、と、僕は思った。
杖君を構えて、
「お願い、杖君」
ピカッ ポン
と、先端から話にあった『光の蝶』を生み出してあげた。
ヒラヒラ
部屋の中を、ゆっくり舞う。
みんな、驚いていた。
特に、男爵令嬢様は「わぁ……!」と目を輝かせた。
白い手を伸ばして、
ヒラン
その細い指先に、蝶は止まる。
そして、パッと光の粒子となって散り、静かに消えていった。
「あぁ……」
お嬢様は、少し残念そう。
そして、その母親は、
「ふむ、珍しい魔法だね」
「…………」
「オリジナル要素が強いけれど、どうやら君は、光属性の魔法が得意なのだね?」
「……光属性?」
僕は、キョトンとなった。
男爵様が言うには、魔法には、地水火風光闇などの属性があるらしい。
杖君の魔法は、光属性だそうだ。
(へぇ……?)
初めて知ったよ。
僕は、杖君をまじまじ見てしまう。
ピカン
杖君は、その視線に照れたように光った。
(……あはっ)
うん、可愛い。
別に、杖君がどんな属性でも構わない。
だけど、うん、
(これからもよろしくね、杖君)
ピカン
杖君は、明るく輝く。
僕も笑った。
そんな僕と杖君の様子に、男爵様たちも少し微笑ましそうに笑っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
30分ほど話したあと、
「ファティは、もう休みなさい」
と、男爵様が言った。
(ん……?)
僕は、そんな貴族母娘を見る。
ファルシンティア様は「え、もう……」と不満そうな様子だ。
でも、母親のレオナ男爵は、優しく微笑む。
「まだ治ったばかりなんだ。あまり無理をしてはいけないよ?」
「でも……」
「それに」
チラッ
彼女は、僕とアシーリャさんの方を見た。
(……?)
何、今の視線?
男爵様は、また娘を見て、
「ニホ君たちに、少し大事な話があるんだ」
「……あ」
「わかったね?」
「はい、母上様」
自分には聞かせられない話なのだと気づいて、彼女は頷いた。
そして、白髪の少女は僕を見る。
「その……ニホ様? また私に会ってくださいますか?」
「うん、いいよ」
僕は、安請け合いした。
別に断る理由もない。
アシーリャさんは何か言いたそうな顔だったけれど、男爵令嬢様は嬉しそうに笑った。
「約束ですわ」
「うん」
「ふふっ、では、私はこれで」
可憐なカーテシーを披露。
そして、彼女は老執事とメイドさんに連れられて退室した。
…………。
それを見送り、
「さて」
男爵様が僕らを見た。
僕も、彼女を振り返る。
「2人には、私からお礼がしたくてね」
「お礼?」
僕はキョトンとした。
報酬は、すでにもらっている。
それ以外のお礼なんて、別にいいんだけど……。
そう伝えると、
「欲がないね」
と、苦笑されてしまった。
マーレンさんも、少し困ったような笑顔だ。
そうかな?
ともあれ、
「だが、娘を助けられた親としての感謝だ。どうか、受け取ってもらいたい」
「……うん」
「何、金銭ではないんだ」
「…………」
「君に渡したいお礼は、情報だ」
「情報?」
思わぬ単語だ。
僕の青い目は丸くなった。
男爵様は、そんな僕を見つめた。
そして、その視線は、僕の隣に座っている金髪の美女に向く。
「…………」
美女は、ぼんやりした表情のままだ。
(?)
僕は首をかしげる。
男爵様は、彼女の顔をジッと見つめ、
「その娘の失われた記憶、その向こう側にある彼女の過去の身元についての情報が、私からのお礼だよ」
と言った。




