054・日常
薬草花のクエストから10日が経った。
この10日間は毎日、薬草集めと魔物の討伐クエストを受注し、毎日達成をしていた。
懐も温かい。
カーマインさんも新装備・魔法剣の作成代金を、大分、回収できたみたいだ。
うんうん、よかったね。
今の所、安定した日々だ。
そして今日も、僕は、宿屋のベッドで1日の始まりを迎えたんだ。
…………。
眠りから覚醒する。
(ん……)
まぶたを開けると、客室の天井が見えた。
もう、朝だ。
寝ぼけたまま、ベッドで上体を起こす。
「ふぁ……あ」
大きな欠伸を1つ。
目尻の涙を拭いながら、ようやく頭が回転しだした。
ピカピカ
ベッド脇の杖君が光る。
僕は笑って、
(うん、おはよう)
と、青い瞳を細めた。
視線を向ければ、窓の外は快晴だ。
青く澄み渡り、流れる雲の向こうから太陽の光が柔らかな日差しを降り注がせている。
ん……いい朝だね。
そして、窓辺のベッド。
そこに、長い金髪をシーツにこぼしたまま、ぼんやりと座っているアシーリャさんがいた。
(おや……)
先に起きてたんだ?
ちょっと珍しい。
僕は「おはよう」と声をかけようとして、
(…………)
でも、その声を引っ込めた。
なぜだろう……?
アシーリャさんの横顔が、何となく寂しそうに見えたんだ。
愁いを帯びた美貌。
元々が綺麗な人なので、余計に悲しげだ。
…………。
アシーリャさんには、記憶がない。
馬車の檻に長く閉じ込められていた恐怖で、心が少し壊れてしまったのだろう……とも言われてもいた。
彼女は今、どんな気持ちなんだろう?
……正直、わからない。
彼女は、あまり表情を見せない。
いつもぼんやりした様子だ。
だけど内心では、不安だったりするのかな?
もしかしたら、ふと昔の自分の記憶を思い出したりもするのかな?
その時、
「…………」
ピクッ
気配に気づいたのか、彼女がこちらを見た。
ぼんやりした表情。
でも、アメジスト色の瞳は宝石のように綺麗で、僕を見つめた。
僕は言う。
「おはよう、アシーリャさん」
「おはよ……ござ、ます」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
うん……これも珍しい。
それから彼女はベッドから立ち上がると、ブラシを片手に僕の前にやって来た。
ポフッ
同じベッドの隣に座る。
こちらには背を向けて、長い金髪がサラサラと流れた。
チラッ
催促の視線。
僕は笑って、ブラシを受け取った。
黄金色の髪を丁寧に梳く。
シュッ シュッ
アシーリャさんは気持ち良さそうな顔だ。
僕も少し楽しい。
何も話さないけど、心を通わせる感じでブラッシングを続けた。
しばらくして、
「アシーリャさん」
「…………」
「アシーリャさんは、今、幸せ?」
僕は、ポツリと聞いていた。
自分でも、少し驚く。
目を閉じていた彼女は、ゆっくりとまぶたを開く。
そして、
「は、い」
と、頷いた。
少し眠そうな表情で、
「ニ、ホさんと一緒に、いると……いつも、心……温か、い、です」
「…………」
「…………」
「そっか」
僕は、小さく頷いた。
それを見た彼女は、少しだけはにかんで、またまぶたを閉じた。
シュッ シュッ
僕は、彼女の髪を梳く。
アシーリャさんはただ気持ち良さそうに、身を委ねている。
(……うん)
何だか僕も、心が温かかった。
…………。
そうして僕らは今朝も、日課のブラッシングの時間を過ごしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、僕らは宿屋を出た。
「お、来たな」
「お、おはようございます」
冒険者ギルドで赤毛の獣人兄妹と合流すると、すぐに今日のクエストを受注した。
薬草採取と魔物討伐。
いつもの2種類だ。
その後、町を出発して1時間後、湖の東の森に到着して『薬草』を集めた。
20分ほどで採取完了。
そのあとは、更に森の奥に入って、討伐対象の魔物を探した。
『石投げ大猿』
それが対象の魔物の名前だ。
体長は、1~2メートル。
白い毛並みの猿の魔物で、手のひらに魔法の石を生成して投げてくるのが特徴だって。
Eランクの標準的な魔物。
ヒラヒラ
光る蝶の道案内で、1時間もしない内に、僕らはその大猿の魔物に遭遇した。
…………。
…………。
…………。
「おらっ!」
ガシュッ バヂィン
カーマインさんが魔法の小剣を振るうたび、青い雷光が散る。
彼の魔法剣だ。
刃が触れなくても放電が相手を焼き、刃が触れると斬り傷だけでなく感電ダメージも与えられるみたいだ。
大猿も斬られた瞬間、
『ギャ……!?』
と叫んで感電し、数秒、動きが止まってしまう。
ズドン
その心臓を、フランフランさんの矢が正確に貫いた。
(うん、いいね)
相手の足止めを目的とするカーマインさんの戦い方とは、あの『雷の魔法剣』はとても相性がいいみたいだ。
兄妹のコンビネーションも益々良くなってる。
と、その時、
『ギュガッ!』
ビュン
別の大猿の1体が、僕の方に拳大の石を投げてきた。
当たれば大怪我。
最悪、死ぬこともあるだろう。
だけど、
「杖君、防御魔法」
ピカン
僕は慌てず、焦らず、防御魔法を展開した。
パキィン
光の壁に遮られて、投石は弾かれる。
明後日の方向に飛んだ石は、バキンと近くの樹の枝をへし折っていた。
そして僕は、白い杖を構える。
「杖君、弾丸の魔法を」
ヒィン
杖君の先に光が集まり、光球が生まれ、そこから無数の『光の弾丸』が発射された。
ドパパァン
それは大猿の顔面に直撃。
魔物は悲鳴をあげて、慌てて顔を両手で隠す。
でも、足が止まっていた。
その瞬間、魔物の懐へと長い金髪をなびかせながら、アシーリャさんが踏み込んだ。
アルテナの長剣が振るわれて、
ヒュコン
両手ごと、魔物の首が刎ね飛んだ。
(お見事)
鮮血を噴いて、首なしの胴体が地面に倒れた。
アシーリャさんは、そちらに一瞥もせず、次の魔物へと向かった。
…………。
そんな感じで、僕らは残った『石投げ大猿』も倒していく。
やがて、15分後、
「うん、目標数を達成だね」
僕は言った。
倒した魔物の数は、5体。
生き残った他の大猿たちは、必死に樹々の枝を伝いながら逃げていった。
みんなで息を吐く。
カーマインさんは、
「楽勝だな」
と、僕を見て笑った。
そんな彼や僕らの首には、ペンダントにされた小さな竜の牙が揺れていた。
竜殺しの証。
うん、竜に比べたら猿なんて弱い方だろう。
僕も「うん、そうだね」と頷いた。
その後、討伐の証の『耳』を集めて、僕らは帰路につく。
…………。
帰り道、ふと隣を歩くアシーリャさんと目が合った。
僕は笑って、
「今日もお疲れ様、アシーリャさん」
「は、い」
彼女は頷く。
そして、
「ニ、ホさん、も」
と、はにかんだ。
長い金髪が風に揺れ、その笑顔はとても優しかった。
(……うん)
本当に美人だね。
少しだけ、見惚れてしまったよ。
ピカピカ
そんな僕らに、杖君が明るく光る。
やがて、僕ら4人はレイクランドの町に帰還し、冒険者ギルドに辿り着いた。
◇◇◇◇◇◇◇
「はい、報酬よ」
ドスン
受付カウンターに、マーレンさんが革袋を置いた。
今回の報酬は、2000ポント。
約20万円だ。
1人当たり、約5万円だね。
うん、毎日、これだけ稼げるんだから嬉しいよね。
僕らは、みんな笑顔だ。
そうしてカウンターを離れようとした時、
「あ、ニホ君」
と、呼び止められた。
(ん?)
僕は振り返る。
ハーフエルフの受付嬢さんは、
「あのね、ニホ君。明日、時間はあるかしら?」
「明日?」
「えぇ。先日、太陽の恵みの花の採取をしてくれたでしょう?」
「うん」
「その依頼人がね、ニホ君に直接、お礼が言いたいって」
「僕に?」
思わぬ話に、青い目を瞬いた。
マーレンさんは頷いた。
薬草集めの天才であり、今回の薬草花の採取も行ったと聞いて、依頼人は僕に興味があるそうだ。
もちろん、感謝もある。
そこで、自宅に招きたいんだって。
(へぇ……?)
そんなことあるんだね。
でも、どうしよう?
僕は3人を振り返った。
赤毛の獣人青年は、
「いいんじゃないか?」
「…………」
「この10日間、ずっとクエストしてたからな。明日は休みにして、行って来いよ」
「いいの?」
「あぁ。ま、いい経験になるだろ?」
と、明るく笑った。
見れば、妹さんの方も頷いている。
ピカピカ
杖君も、賛同するように光っていた。
(……うん)
じゃあ、行ってみようかな?
でも、
チラッ
僕は、隣の金髪のお姉さんを見る。
気づいた彼女は、
キュッ
僕の服の裾を摘まんだ。
その表情は、保護者として心配なので同行してあげるよ……といった感じ。
いや、心配なのは僕だったんだけど……。
(ま、いいか)
僕は受付嬢さんを振り返って、
「アシーリャさんが一緒でも大丈夫?」
「そうね、大丈夫だと思うわよ」
マーレンさんは頷いた。
なら、よかった。
安心する僕に、彼女も微笑んだ。
「じゃあ、先方にも伝えておくわね」
「うん」
「依頼人の家までは、私が案内するから。明日、宿まで迎えに行くわね」
「ん、わかった」
「それじゃあ、明日、よろしくね」
「うん、また明日」
そんな感じで話は決まった。
…………。
どんな依頼人なのかな?
少しだけ楽しみにしながら、冒険者ギルドをあとにする。
そして、カーマインさん、フランフランさんの兄妹と別れて、杖君、アシーリャさんと一緒に宿屋への帰路についたんだ。




