051・南東の森
翌日、僕らはレイクランドの町を出発した。
街道を南下する。
ハーフエルフの受付嬢さんの話だと『太陽の恵みの花』は、町の南東方面の森で見つかることが多いとか。
ま、多いと言っても、数年に1~2本らしいけどね。
ともあれ、他に情報もない。
「とりあえず、行ってみよっか」
「は、い」
「は、はい、ニホ君」
2人も同意してくれた。
そして今、僕らは街道を南に歩いていく。
実は、こっち側の街道を通るのは初めてなんだよね。
少しドキドキ。
周囲の景色は、草原だ。
街道の左右に緑の絨毯が広がって、遠くに森と山脈が見えていた。
開放感が凄い。
(う~ん)
ここを走り鳥で走れたら楽しかっただろうな。
あれは癖になる。
お金に余裕ができたら、また乗りたいなぁ……って思うんだ。
ともあれ、今は徒歩だ。
うん、がんばって歩こう。
歩きながら、
「太陽の恵みの花は、太陽の光を魔力にして蓄えるそうですよ」
と、フランフランさん。
彼女は、花の情報を事前に調べてくれたみたいだ。
僕は「へぇ」と呟いた。
「そうなんだね」
「はい。だから、日当たりの良い南東の森で見つかることが多いって説があるみたいです」
「なるほど」
「あと、やっぱり貴重で」
「うん」
「花が咲くのは、20年に1度とか」
「20年!?」
「はい。それだけの時間、魔力を蓄えるから効能も凄いみたいですね」
彼女は、そう微笑んだ。
(そっかぁ)
20年間の魔力を秘めた薬草花。
本当に貴重品だ。
下手な採取で駄目にするなんて、絶対に許されないぞ。
うん、気をつけよう。
僕は1人、頷いた。
そんな風に、フランフランさんと歩きながら話をした。
その時、
(ん……?)
斜め後ろを歩いていたアシーリャさんの視線に気づく。
「…………」
不満そうな視線。
隣り合って話している僕とフランフランさんの背中を、ジッと見ていた。
(???)
何だろう?
彼女を振り返る。
すると、
プイッ
顔を逸らされてしまった。
アシーリャさん……?
意味がわからなくて、僕はキョトンとしてしまった。
そんな僕の手の中で、
ピカピカ
杖君は、少し困った様子で光っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
教えられた『南東方面の森』に到着した。
(ふぅん?)
森の景色は、いつも行く森とそう違いはなかった。
たくさんの樹々の世界。
足元には、たくさんの草花も生えていた。
(さてっと)
僕は、杖君を掲げて、
「道案内の魔法を」
ピカン
杖の先端が光って、そこから『光の蝶』がポンッと飛び出した。
アシーリャさんはぼんやりと、フランフランさんは「わぁ」と明るい表情でその輝きを見つめた。
さぁ、これで目的の花の場所まで案内してもらおう。
僕も、そう光る蝶を眺める。
ヒラヒラ
蝶は、僕らの頭上を1周した。
そして、
ヒラン
(ん?)
なぜか、僕の頭に着地した。
2人も「え?」とキョトンとした表情だった。
僕も、青い目を瞬く。
(杖君?)
僕は、手の中の白い杖を見た。
ピカ……ン
杖君は、何だか悩ましそうに光っていた。
これは、
(もしかして、近くに咲いてない?)
と、気づいた。
ピカピカ
杖君も頷くように点滅する。
そ、そっか。
冒険者ギルドの情報には、少し誤差があったのかもしれない。
ちょっと想定外。
でも、仕方ない。
頭の上に向けて、
「じゃあ、遠くてもいいから、1番近い生えている場所を教えてくれる?」
と、声をかけた。
ヒラヒラ
光る蝶が飛び立つ。
そして、もっと南の方へと飛んでいく。
(うん)
僕は頷いて、
「追いかけよう」
「あ、う、うん、ニホ君」
「は、い」
2人も頷き、僕らは森の中を行く光る蝶を追った。
◇◇◇◇◇◇◇
「はっ!」
「ん」
ドシュッ ザキュン
フランフランさんの矢が火狼の心臓を貫き、アシーリャさんの長剣がその首を斬り落とした。
生き残った火狼の群れは、すぐに逃げていく。
(うん、2人とも強いや)
森を移動中、遭遇した魔物たちは全て、2人が倒してくれた。
僕は何もしていない。
何だか申し訳ないぐらいだ。
でも、
「な、何言ってるんですか」
「…………」
「むしろ、ニホ君は私たちにできない魔法で、目的の花を探してくれてるんですよ?」
獣人の少女は、僕に強く言う。
アシーリャさんも、
コクコク
と、頷いた。
2人とも優しいね?
僕は「ありがとう」と笑う。
フランフランさんは「べ、別にお礼を言うことじゃ……」と少し赤い顔でモゴモゴする。
と、アシーリャさんは、
ポム
僕の頭に白い手を置いて、優しく髪を撫でてくれた。
…………。
それから、3時間ほど歩いた。
本当に遠い。
見上げれば、太陽も頭上に来ていて、もうお昼だ。
一旦、休憩。
小川の近くの倒木をベンチに、3人並んで座った。
水筒の水で、水分補給する。
すると、
「お、お弁当、作ってきたんですよ」
と、フランフランさんが布の包みを開いた。
木製のお弁当箱の中には、サンドイッチが敷き詰められていた。
(わぁ……)
美味しそうだね。
彼女ははにかみ、「ど、どうぞ」と差し出した。
「ありがと」
僕は、その1つを手に取る。
パクッ モグモグ
中身は、玉子とハムと野菜だ。
野菜はシャキシャキ、玉子はスクランブルエッグになっていて、ハムも濃い味で美味しい。
パンも柔らかく、香ばしい匂い。
うん、絶品だ。
お店で出してもおかしくないよ、これ。
そう言えば、彼女は料理が得意だって、彼女のお兄さんが言っていたっけ。
(本当だね)
僕は笑って、
「うん、美味しいよ、フランフランさん」
「あ……よ、よかった」
彼女は安心したようにはにかんだ。
アシーリャさんも、モグモグ。
でも、何だろう?
(美味しくない、って訳じゃなそうだけど……)
何か複雑そうな表情だ。
どうしたんだろうね?
と、フランフランさんが気づいて、なぜか得意げな笑顔になった。
逆に、アシーリャさんは苦い物を食べた顔。
(???)
美味しいサンドイッチだと思うけど……。
…………。
そんな一幕もありながら、僕らの探索は続いた。
◇◇◇◇◇◇◇
お昼を食べてから、1時間後。
ヒラン
(お……?)
光る蝶が、僕の頭にふんわり着地した。
ここ、ってことかな?
僕らはそう理解して、周囲を見回した。
樹々の生えた森の景色だ。
少し奥に、30メートルぐらいの崖がそびえている。
植物は多い。
けど、生えているのは草ばかりで、花はどこにも見当たらなかった。
2人も困惑した顔。
(う~ん?)
僕も不思議に思いながら、杖君を掲げて、
「杖君、探査魔法を」
ピィン
杖君が光った。
僕らを中心に、同心円状の光の輪が広がっていく。
もし目的の花があるなら、これで花が光るようにハイライトされるはずだ。
「…………」
「…………」
「…………」
僕ら3人は、周囲を確認した。
でも、
(見当たらないね?)
どこにも、ハイライトされた花がない。
何で?
まさか、魔法の失敗?
(いや、違う)
これまで杖君は1度だって、魔法を失敗しなかった。
なら、今回も成功してるはず。
きっと、僕らが何かを見逃しているのだ。
(でも、何を?)
アシーリャさん、フランフランさん、2人のお姉さんは茂みをかき分け、探してくれている。
僕は、少し動かずに考える。
冒険者ギルドで、図鑑のイラストを見せてもらった。
白黒の絵だったけど、綺麗な普通の花だった。
(あ……)
もしかして、木に咲く花?
そう思った僕は、頭上の樹々を見上げた。
鬱蒼と茂る葉がある。
でも、ハイライトされた花は見当たらない。
例えたくさんの葉に隠れていても、光っているならわかるはずだった。
でも、それもない。
違うのかな……?
そう思った時、
キラッ
(ん……?)
樹々の奥に、輝きが見えた。
僕はハッとした。
頭上を見上げたまま、そちらへと歩きだした。
「ニ、ホ、さん?」
それに気づいた、アシーリャさんが僕の名前を不思議そうに呼ぶ。
それで、フランフランさんも僕を見る。
3人で茂みの奥へ。
僕らの目の前には、30メートルの高さの崖があった。
僕は、その中腹を見つめた。
2人のお姉さんも、その視線を追いかけ、上を向く。
「あ」
「…………」
2人は目を丸くした。
その直立した土の壁の盛り上がりから、1本の花が生えていた。
虹色に輝く美しい花だ。
パアアッ
それは今、魔法の光でしっかりハイライトされていた。
僕は青い瞳を細めて、
「うん、見つけた」
と、笑顔をこぼしたんだ。




