047・竜殺し
雷爪熊の約2倍の巨体。
そんな火炎蜥蜴と正面から戦うことは、さすがに難しかった。
アシーリャさん、カーマインさんの2人は常に左右に回り込む動きを見せながら、その4つ足へと攻撃を加えていく。
ギャリン ガィィン
刃と鱗の間で、激しい火花が散った。
けど、無傷。
アルテナの長剣の強度でも、赤い鱗の表面に白い傷を残す程度だった。
(なんて頑丈さだ……)
僕は、驚嘆する。
動き回る2人に対して、火炎蜥蜴も牙と爪、長い尻尾で応戦した。
ドゴォン
2人は回避し、時に大岩を盾にして攻撃を防いでいた。
僕も、
「大砲、発射!」
ドォン ドォン
何度も大砲の魔法を放って、2人を援護した。
けど、ダメージにはなっていない。
それでも魔法は続ける。
とにかく2人の回避の時間を作るために、サポートに専念している感じだ。
そして、フランフランさんも、
「はっ」
バシュン
火炎蜥蜴に何回か、毒矢を放っていた。
けど、命中しない。
いや、正確には命中しているんだけど、眼球などには当たらず、硬い鱗で弾かれてしまっていた。
補足すると、彼女の腕が悪い訳じゃない。
火炎蜥蜴が回避しているのだ。
その動体視力で迫る矢を発見し、瞬間的な動きで避ける。
だから、毒矢は眼球近くの鱗にぶつかり、小さな火花を散らして弾かれてしまっていたんだ。
思った以上に、動きが俊敏だ。
背中などに比べて、腹部の鱗は柔らかいという。
でも、相手は4つ足。
伏せた状態なので、そもそも狙えなかった。
口内も狙い目だ。
だけど、奴が口を開けるのは、前衛の2人を襲う時だ。
狙う先には、どうしても2人が近くなってしまうので、万が一を考えて毒矢を放てないでいた。
(……うん)
なかなか厳しいね。
何とか、打開策はないものか……?
そう考えていた時だ。
ボコン
(ん?)
火炎蜥蜴の喉が大きく膨らんだ。
それを見て、
「アシーリャ、逃げろ!」
カーマインさんが叫ぶ。
同時に2人は、近くにあった巨大な大岩の陰へと飛び込む。
直後、
ボバァアアン
大口を開けた火炎蜥蜴から、真っ赤な炎が吐き出された。
(う……わっ)
まるで火炎放射器だ。
熱波は、僕まで届く。
火炎蜥蜴は首を左右に振り、炎を広範囲に撒き散らしていた。
アシーリャさん、カーマインさんは、大岩に隠れながら必死に炎から逃げていく。
僕も白い杖を構えて、
「杖君、大砲発射!」
ドォン ドォン
2人の方に首が向かないように、必死に魔法で牽制した。
30秒ほどで、炎は止まった。
けど、恐ろしい攻撃だ。
火狼の吐く『火の玉』とは、炎の量、勢い、範囲が段違いだった。
さすが、竜の亜種。
その姿は、まさに世界最強の生物らしさを感じさせた。
(でも……)
今の姿を見て、僕は思いついた。
炎を吐く時、火炎蜥蜴は4つ足で踏ん張り、その場所に停止していた。
つまり、動きを止めていた。
あとは、首の動きも固定できれば……。
(うん)
僕は頷いた。
蒼い顔で弓矢を構えているフランフランさんに、
「僕、あいつの動きを止めてくる」
「え……?」
「フランフランさんは、その瞬間を狙って!」
「ニ、ニホ君!?」
驚く彼女の声を背に、僕は背中の翼を広げてピョンと跳躍した。
タン トン
大岩たちの上を跳ねていく。
フランフランさんの位置から狙うなら、この辺がいいかな?
そう計算して、1つの大岩の上で止まった。
そこから、
「大砲、発射」
ドォン ドォン ドォン
連続して、火炎蜥蜴に魔法を撃ち込んだ。
ダメージはない。
でも、衝撃はある。
火炎蜥蜴は苛立った表情で、大岩の上にいる僕を見た。
高さ7メートル。
奴の爪や牙、尻尾は、絶対に届かない。
だからこそ、その攻撃手段は、たった1つに絞られる。
すなわち、
ボコン
火炎蜥蜴の喉が膨らむ。
(――狙い通りだ)
僕は、白い杖を構えた。
カーマインさんは「逃げろ、ニホ!」と叫んだ。
離れた岩陰にいたアシーリャさんも、アメジスト色の瞳を見開いて強張った表情をしていた。
僕は言う。
「杖君、防御魔法を3重に」
ピカカン
杖君は虹色に輝いた。
僕の全身を『光の球体』が包み、更にもう2つの『光の球体』が重ねられた。
(これなら――)
そう思った瞬間、
ボバァアアン
魔物の口から吐き出された灼熱の火炎が、小さな僕の姿をあっという間に飲み込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(う、わ……)
光の向こう側で、真っ赤な炎が暴れている。
熱い……っ。
突然、熱いお風呂に入ったように、肌の表面がビリビリと痺れていた。
その時、
パリ……パリン
(!)
1番外側の光の球体がひび割れ始めた。
やはり、保たないか。
そうなると思っていた。
だから、3重に防御魔法を張っておいたんだ。
そう納得した瞬間、バリン……と、1番外側の光の球体が砕け、炎の中に消えていった。
でも、焦らない。
僕は、
「杖君、内側にもう1枚、防御魔法を追加」
ピカン
杖君は光り、光の球体が増えた。
よしよし。
これで、またしばらくは大丈夫だ。
やがて、2枚目、3枚目の光の球体が砕けて、僕は5枚目、6枚目の光の球体を増やしていく。
上手くいっている。
でも、思った以上に暑い。
汗が噴き出し、呼吸をするのがしんどかった。
(……あれ?)
もしかして、蒸し焼きにされてる?
しかも、酸素不足?
外側で、ずっと炎が燃えているから?
今更、その可能性に気づいた。
うわ……上手い方法だと思ったけど、実は穴だらけだったかもしれない。
少しだけ焦った。
でも、少しだけ。
だって、この光と炎の外には、頼れる仲間がいるのだ。
そう思った時だった。
突然、光の向こうの炎が大きく揺らいで、直後、燃料が切れたように消えていった。
(お……?)
僕は、目を凝らす。
大岩の下にいた火炎蜥蜴。
その左の眼球に、深々と1本の矢が突き刺さっていた。
(やった)
見れば、遠くでフランフランさんが矢を放った直後の態勢になっていた。
うん、計画通りだ。
すぐにカーマインさん、アシーリャさんが追撃をしかける。
片目を失った魔物。
その視界には、明確な死角が生まれる。
そこを狙って、2人は集中的に魔物の左側にある2つの足を狙った。
ガシュン
やがて、頑丈な鱗が砕けた。
1点集中の攻撃。
それに耐え切れなかったのだろう、アルテナの長剣の刃は、その内側の肉も斬り裂いていた。
ズズゥン
足が崩れた。
身体を支える腱が損傷したのかもしれない。
火炎蜥蜴の動きが止まった。
ドシュッ
もう1つの右の眼球に、フランフランさんの毒矢が突き刺さった。
魔物は悲鳴をあげる。
視力を失い、その恐怖と怒りにその場で暴れ回った。
ドゴォン ガガァン
巨体がぶつかり、大岩が砕け、大地が陥没する。
(うわわ……っ)
タン
僕は慌てて、安全圏の別の大岩の上へと跳躍した。
2人も離れている。
フランフランさんも次の毒矢をつがえたまま、けれど、様子を見守っていた。
…………。
5分ほどが経過。
暴れていた火炎蜥蜴の動きが、目に見えて鈍くなっていた。
毒の影響だ。
最初の脅威は、もはやない。
時折、火炎を吐いたりしたけれど、僕らがいるのとは全く違う方向だった。
ドシュッ ドシュッ
更に毒矢が眼球に、また開いた口の中に刺さった。
毒の追加。
巨体はよろめいている。
前衛の2人は、もう近づくこともなかった。
僕も、攻撃しない。
生命の輝きが少しずつ消えていく。
それを、感じる。
…………。
…………。
…………。
やがて、20分後。
ズズゥン
真っ赤な亜種の竜は、その巨体を地面に崩れさせた。
重い地響き。
警戒しながら、フランフランさんが確認のもう1射を撃ち込む。
けれど、反応なし。
火炎蜥蜴はピクリとも動かず、アシーリャさんはゆっくり近づいて、鱗と鱗の隙間にアルテナの長剣を差し込んだ。
ズォブン
胸部の奥の心臓へ。
(……うん)
完全に絶命していることを確認して、僕らは息を吐いた。
感じるのは安堵。
そして、少しずつ達成感が満ちてくる。
4人で巨大な死骸の前へ。
「やったな」
カーマインさんが笑った。
フランフランさんも弓を抱えて、安心したような表情だ。
僕も微笑む。
ポムッ
すると、そんな僕の頭に、アシーリャさんの白い手が乗った。
そのまま髪を撫でられる。
(あはっ)
少しくすぐったい。
僕は彼女を見上げて、
「お疲れ様、アシーリャさん。やったね」
「は、い」
金髪のお姉さんも珍しく微笑んでいた。
ピカピカ
杖君も、僕ら4人を労うように点滅してくれる。
…………。
火炎蜥蜴の討伐を達成して、こうして僕らは亜種の竜だけど、『竜殺し』の栄誉を手に入れたんだ。




