045・トルパの町
何回か休憩をしながら、トルパの町を目指した。
トルパの町はレイクランドより西にあって、実は僕は、その方面の街道を行くのは初めてだった。
(へぇ……草原だ)
レイクランドの周囲は、山と森と湖の景色だ。
でも、進む街道の左右には、地平まで草原が広がっていた。
うん、開放感が凄い。
日本では、そう見られない景色だと思う。
トットットッ
走り鳥は、その街道を軽快に走っていく。
最初は振動に驚いたけど、1時間もすればそれにも慣れた。
風も気持ちいい。
アシーリャさんの長い金色の髪も、後方へとたなびいてキラキラ輝いていた。
2時間に1回、休憩だ。
2羽の走り鳥には、たくさんの水を飲ませて、木の実を食べさせた。
(よしよし)
モフモフ
僕は労うように、その羽毛を撫でた。
人に慣れているのか、嫌がる様子もない。
うん、可愛いなぁ。
僕らも近くの倒木に座って、昼食用に買っておいたソーセージパンを食べた。
モグモグ
うん、ソースがいいね。
肉汁の沁み込んだパンも最高だ。
「美味しいね?」
「は、い」
隣のアシーリャさんに笑いかけると、彼女も夢中で食べていた。
水筒で水分補給もする。
30分ぐらいしたら、また走りだす。
空も青く快晴だ。
初めての遠出だけど、このままずっと走っていたいぐらいだ。
(うん、楽しいな)
黒髪をなびかせ、僕は笑ってしまった。
…………。
そうして約半日。
太陽が西の空に傾き始めた頃、
「お、見えてきたぞ」
隣の走り鳥に跨るカーマインさんが前方を指差した。
僕も目を凝らす。
(あ……)
街道の先、草原の奥に石壁に囲まれた町が見えた。
あれが、トルパの町。
レイクランド以外で初めて見る異世界の町だ。
どんな所だろう?
(何だかワクワクするね)
そう杖君を見た。
ピカン
杖君も明るく光った。
それから20分後、僕ら4人と1本は、トルパの町に到着した。
◇◇◇◇◇◇◇
石壁の中央に、門があった。
門番の兵士もいて、僕らは冒険者カードを提示して町に入る許可を得た。
門を潜る。
(へぇ……)
ここがトルパ、か。
町の規模は、レイクランドより一回り小さい。
宿場町と言うだけあって、商店はそこそこだけど、宿屋の数は多そうだった。
町の向こうには、岩山があった。
カーマインさんの話だと、あの岩山の奥地に『火炎蜥蜴』は生息しているとか。
……登るの、結構、大変そうだね。
「ここにするか」
やがて僕らは、1件の宿屋にチェックインした。
安宿ではなく、高級宿でもない、そこそこの良心的な値段の宿屋だ。
走り鳥を預けられる獣房もあった。
部屋は、2部屋、頼んだ。
男女別の予定だった。
だったんだけど、
ギュウ
「ア、アシーリャさん?」
「…………」
「あの……ちょ、離して?」
「い、や」
「…………」
「い、や、です」
なぜかアシーリャさんが僕を抱きしめて、全然離してくれなかった。
な、なぜ?
獣人の兄妹も唖然としていた。
やがて、カーマインさんが苦笑する。
ポン
僕の肩を叩いて、
「仕方ないな。ま、ニホはアシーリャと部屋を使え」
「……う、うん」
僕も諦めて頷いた。
まぁ、いつもの宿屋と変わらないだけだしね。
フランフランさんは、何か言いたげな表情をしていたけれど、結局、何も言わなかった。
兄と一緒に、自分たちの部屋へ。
それを見送る。
僕は吐息をこぼして、
「僕らも部屋に行こっか、アシーリャさん」
「は、い」
彼女は頷いた。
そして、僕と密着したまま歩きだす。
う~ん、歩き辛い。
(どうしちゃったのかなぁ……?)
ずいぶんと一緒にいたがる。
初めての土地だし、僕の保護者のつもりで色々と思うことがあるのかな……?
どう思う、杖君?
ピカピカ
杖君は優しい光り方だった。
……うん、ま、いいか。
正直、美人のお姉さんに抱きつかれて、嫌な気分じゃないもんね。
…………。
そんな感じで、僕らも自分たちに部屋に入ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
夕食は、宿の食堂で4人で食べた。
食べながら、火炎蜥蜴の特徴などを教えてもらった。
カーマインさん曰く、
「とにかく鱗が硬い」
とのこと。
彼の持っている2本の小剣では、傷は与えられないだろう、と言う。
(そんなに?)
ちょっと驚きだ。
アシーリャさんの『アルテナの長剣』の強度ならば、傷を与えられる……ぐらいに頑丈らしい。
しかも今回は、素材目的。
倒し方も、できるだけ傷つけないようにしないといけない。
じゃないと減額。
最悪、クエスト失敗扱いだ。
僕は、眉を寄せる。
「じゃあ、どう倒すの?」
「毒だ」
「毒?」
思わぬ案に、僕は目を丸くした。
カーマインさんは頷いた。
「そうだ。フランの矢に塗って、それで鱗のない部位を狙う。目や口、あとは腹部だな」
「…………」
「だが、簡単じゃないぞ?」
「あ、うん」
「動く相手で狙う場所が限定されるんだ。俺とアシーリャとニホで、できるだけ相手の動きを止めなきゃならない」
「うん」
「矢の毒が効くまで、時間もかかるしな」
「どれくらい?」
「命中数にもよるが、15~30分は要るんじゃないか?」
「そっか……」
結構、かかるんだね。
彼は「それだけ巨体だからな」と頷いた。
フランフランさんは、
「で、できるだけ毒矢を当てられるように、がんばります」
と、両手を握った。
僕も頷いた。
「僕もフランフランさんが当て易くなるように、魔法でがんばるよ」
「は、はい」
彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
赤毛の獣耳がペタンと垂れて、細長い尻尾が左右に揺れていた。
「…………」
そんな彼女を、アシーリャさんが見ていた。
タン
フォークを料理のステーキ肉に突き刺す。
それを口に放り込んで、ムシャムシャと噛み千切っていく。
おお、豪快だね。
そんな感じで、トルパの町での夕食は終わった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日の朝が来た。
目が覚めたら、
ムギュッ
「…………」
僕は、やっぱりアシーリャさんの抱き枕になっていた。
寝る時は、別々のベッドだったのにね……。
軽く嘆息。
でも、いつものこと。
それから僕は彼女も起こして、これまたいつものように、寝癖のついた長い金髪をブラシで梳いてあげるのだ。
アシーリャさんも気持ち良さそうだ。
それから、出発準備。
僕は、杖君と白いローブ。
肩からは、いつもの肩かけ鞄。
アシーリャさんは、アルテナの長剣と皮鎧、それと左腕の金属の手甲だ。
金属の手甲は、雷爪熊のクエストで壊れたので、出発前にレイクランドのお店で買い直していた。
それぞれの装備を装着。
うん、準備完了だ。
「じゃ、行こっか」
「は、い」
ピカン
アシーリャさん、杖君と一緒に部屋を出た。
廊下で、獣人兄妹とも合流。
よく眠れたのか、2人とも気力の充実した表情に思えた。
(うん、やるぞ)
僕も気合が入る。
4人で宿屋を出ると、町の門を抜ける。
そのまま町の石壁を回り込み、裏側の岩山を徒歩で目指した。
…………。
竜殺しの称号。
それを求めて、僕らは眼前にそびえる火炎蜥蜴の生息する岩山に足を踏み入れたんだ。




