044・走り鳥
トルパの町までは、徒歩で3日。
道中、夜には、街道沿いのどこかで野宿しなければならないだろう
となると、
(野営用の道具、買わないといけないかな)
と、僕は思った。
少々の出費になるけど、今後も必要になるかもしれない。
うん、買っておこう。
そう思った僕は、赤毛の獣人兄妹に出発前に買い物したいと伝えたんだ。
すると、
「なら、野営しないで行くか?」
「え?」
カーマインさんの言葉に、僕は目を瞬いた。
彼は笑って、
「馬車ギルドで、馬や走り鳥の貸し出しをしてるからな。それを使えば、トルパまで1日で行けるぞ」
「1日で?」
「おう」
彼は大きく頷いた。
ちなみに、走り鳥とは、翼が退化して走ることに特化した巨大鳥のことだって。
馬と同じぐらい速くて、持久力もある。
(へぇ……?)
異世界っぽい生き物だね。
ただ、それを乗るには、乗馬や操鳥の技術がいるそうだ。
そして、
「俺とフランは、乗れるぞ」
「おお!」
1羽に2人乗りすれば、2羽のレンタルで行ける計算だ。
料金は、1羽1日100ポント。
往復3日だとして、600ポント。
6万円か……。
クエスト報酬の2割。
少し高く感じるけど、それで4日分の時間が得られると考えれば安いかもしれない。
それに、
(ちょっと興味あるよね?)
異世界産の巨大鳥だ。
素直に『乗ってみたい』と思ってしまった。
僕の表情に、
「決まりだな」
カーマインさんは愉快そうに笑った。
フランフランさんも「そうしましょう」と笑って同意してくれる。
ポムッ
(お?)
アシーリャさんの白い手が僕の頭に乗せられて、髪を優しく撫でられた。
彼女を見る。
彼女も僕を見ながら、頷いた。
(あはは……)
うん、みんなの厚意に甘えよう。
ありがとう、みんな。
…………。
そうして僕らは、正面門の近くにあるという『馬車ギルド』へと足を運んだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
馬車ギルドへと到着した。
何台もの馬車、鳥車、亀車が停車している。
そして、柵に囲まれた空間に、馬と一緒に大きな鳥たちが集まっていた。
(へぇ……?)
あれが、走り鳥なんだ。
馬と同じぐらい大きい。
翼は小さくて、代わりに足が太く長い。
全身、羽毛でフサフサだ。
尖った嘴には手綱があって、胴体には鞍が取り付けられていた。
うん、可愛い。
思わず、僕は青い目を輝かせてしまった。
そんな僕に、獣人兄妹は笑っている。
やがて、カーマインさんが受付で、2羽の走り鳥のレンタル手続きをしてくれた。
(おお……)
僕の前に、白い巨大鳥が2羽いる。
近くで見ると、より大きい。
ドキドキしながら触ると……うわ、羽毛がフワフワで気持ちいいや。
2羽とも大人しい。
うん、頭もいいみたいだね。
…………。
さて、僕らはこれからこの2羽の走り鳥に乗るんだけど、僕には操鳥技術がない。
兄妹のどちらかと乗ることになる。
どっちかな?
と思っていると、
「せっかくだし、フラン、ニホとくっついて乗ったらどうだ?」
と、カーマインさんが笑った。
フランフランさんは、
「に、兄さん!?」
と、真っ赤になった。
こちらを見て、僕の視線に気づくと、パッと顔を逸らす。
あれ……?
(もしかして、嫌がられてる?)
地味に辛い。
僕は、少し落ち込む。
アシーリャさんのアメジスト色の瞳が、そんな僕を見つめた。
「…………」
彼女は、走り鳥の方に歩きだした。
(ん……?)
僕は、顔をあげる。
その目の前で、
ヒョイ
彼女は長い金髪をなびかせ、当たり前のように鞍に着座した。
え……?
安定した姿勢。
手綱を握る姿は、とても堂に入っていた。
もしかして、アシーリャさんって操鳥できるの……?
僕は目を丸くした。
赤毛の獣人兄妹も驚いた顔だった。
ポンポン
彼女は僕を見ながら、自分の前の鞍を叩く。
あ、うん。
僕は素直に近づいて、アシーリャさんの助けを借りながら鞍上に登った。
(わぁ……)
視界が高い。
思ったより気持ちいいぞ。
アシーリャさんは右手で手綱を握りながら、左手を僕のお腹へと回した。
ギュッ
身体が密着する。
(わ……)
僕の背中で、彼女の弾力のある柔らかな胸が押し潰された。
少しドキドキする。
でも、おかげでバランスは安定した。
うん、これなら、多少揺れても落ちることはなさそうだ。
「ありがとう、アシーリャさん」
「は、い」
彼女は、小さくはにかんだ。
獣人の兄妹は、そんな僕ら2人の様子を見つめた。
トン
兄の肘が、妹を軽くつつく。
「出遅れたな」
「……ぅ」
「やれやれ……ま、次からは遠慮なんてしないようにしろよ?」
「……うん」
苦笑する兄に、フランフランさんは複雑そうな表情で頷いた。
アシーリャさんはぼんやり、そんな兄妹を見ていた。
「…………」
キュッ
僕を押さえる左手に、少し力が加わった。
(……?)
どうしたの?
その感触に、僕はキョトンとする。
アシーリャさんは答えない。
でも、代わりに、
ピカピカ
僕の右手で杖君がため息のように明滅を繰り返していた。
…………。
何はともあれ、僕とアシーリャさん、獣人の兄妹といった組み合わせで鞍上の配置は決まった。
パンッ
アシーリャさんの両足が、走り鳥の腹を軽く蹴る。
それに応えて、
トッ トッ トッ
走り鳥たちは長く太い足を伸ばして、軽やかに走り始めた。
(うわっ?)
結構、揺れる。
でも、アシーリャさんのおかげで落ちる感じはない。
視界の中で、景色が流れていく。
「あは……!」
風が気持ちいい。
僕は、つい笑ってしまった。
そんな僕に、アシーリャさんも珍しく笑顔をこぼしていた。
…………。
そうして僕らは2羽の走り鳥に乗って、レイクランドの町を出発した。




