041・裏事情
警備局の人と挨拶を交わして、要件を訊ねた。
すると、
「例の馬車の件で問い合わせた所、神和国ラーディア側からの返答がありました」
「…………」
僕は少しだけ青い目を見開いた。
例の馬車。
つまり、アシーリャさんが閉じ込められていた馬車だ。
……うん。
あまり、他の人には聞かれたくないかもしれない。
僕は「わかりました」と頷いて、宿屋の1階ロビーから自分たちの借りている部屋へと移動した。
カチャッ
部屋へと入る。
アシーリャさんは、窓の外を見ていた。
僕の気配に気づいて、こちらを見るけど、またすぐに窓の方を向いてしまった。
警備局の人も、彼女を見ていた。
そして、
「彼女の様子は、変わらずですか?」
「はい」
「記憶も……?」
「戻ってないみたいです」
「そうですか……」
警備局の人は、少し沈痛な顔で頷いた。
室内には、椅子が1つ。
警備局の人に座ってもらって、僕はベッドに腰かけた。
(……ふぅ)
小さく深呼吸。
それから警備局の人を見た。
そして、
「それで……返答の内容は?」
と聞いた。
彼は頷いて、
「我が国の関与は、一切否定する――だそうです」
「…………」
僕は、ポカンとした。
一切否定って……。
だって、あの馬車ってラーディア国の物だったんだよね?
(それなのに?)
疑問が顔に出ていたのかもしれない。
警備局の人は、
「例えラーディア製の馬車であっても、それが我が国所有の物とは断定できない……とのことでした」
「……えぇ?」
「それと――」
彼は、窓際の金髪美女を見る。
「アシーリャという女性に関しても、我が国の国籍を有する人物ではないと明言されました」
「…………」
僕も、彼女を見てしまった。
彼女は、ラーディア人ではない……?
いや、そもそも、あの馬車がラーディアと無関係だという以上、アシーリャさんも無関係だってことか。
(…………)
そんなこと、ある?
僕は、納得できなかった。
警備局の人は息を吐く。
少し言い辛そうに、
「よって、今回の馬車の件は、これで捜査終了となります」
「…………」
「彼女に関しても、すでに冒険者登録をしていることもあり、今後は身元不明者からのアークランド国籍を得た人間として扱われます」
「…………」
「本日は、以上のことをお伝えに参りました」
と、頭を下げた。
僕は、言葉が出なかった。
彼女が馬車の閉じ込められ、檻の中で手枷、足枷までされていた理由は、永遠にわからないということになる。
それでいいの……?
僕には、わからなかった。
黙り込む僕を、警備局の人はジッと見つめた。
そして、
「ここからは、裏の話です」
と、言った。
え……?
裏って……何?
◇◇◇◇◇◇◇
警備局の人は、懐から何かを取り出した。
それは、
(ペンダント?)
だった。
逆三角形の金属製で、3人の男女の姿が掘られていた。
不思議な光沢がある。
うん、とっても綺麗だ。
僕は聞く。
「これは……?」
「聖印です」
聖印……?
僕は首をかしげた。
「大神天教会の信徒であることを示す物です。教会関係者は全員が所持しています」
「……はぁ」
大神天教会。
それは、神和国ラーディアの国教を司る組織。
天の神アラム。
地の女神ガイシス。
海の女神シィナ。
この世界の3大神を信奉する宗教団体……だったっけ。
それがどうしたんだろう?
警備局の人は言った。
「この聖印は、例の馬車から発見されました」
「!」
僕は青い目を見開いた。
例の馬車に、ラーディア国教の信徒の物品があった?
それって、
(つまり、ラーディア国の関与を示す物証じゃないの?)
僕は、彼を見た。
彼は目を伏せる。
「これが発見されたのは、ラーディアに問い合わせの連絡をしたあとです」
「…………」
「そして、あの国の返答は先の通り」
「…………」
「その意味が……わかりますか?」
彼は、僕を見た。
…………。
聖印という物証がある。
つまり、神和国ラーディアの関与は確定的だ。
けれど返答は、関与の否定。
恐らくは、物証があると思われなかったからの否定だ。
となると、否定は虚偽だ。
要するに、神和国ラーディアは、例の馬車への関与を隠したがっているということ。
(……なぜ?)
僕は、警備局の人を見た。
彼は言う。
「この聖印は、かなり高位の神官しか持てぬ品でした」
「…………」
「大神天教会の力は、ラーディア政府にも大きな影響力があります。先の返答は、その圧力の結果でしょう」
「…………」
「理由はわかりません。ですが、重要なのはそこではない」
「…………」
「そこまでして大神天教会が公式に関与を否定した……その事実です」
あぁ……そうか。
僕にもわかった。
裏……の意味が。
単純に言うと、つまり大神天教会は公にできない後ろ暗いことをしていたのだ。
何かはわからない。
でも、その事実を隠そうとしている。
国まで操作して……。
…………。
なるほど、調査終了になる訳だ。
アークランド王国側としても、これ以上、関わりたくないということなのだろう。
だって、下手したら……ね?
(はぁ……)
僕は息を吐く。
それを見て、警備局の人は頷いた。
「繰り返しますが、捜査は終了しました。そして彼女は、アークランド国籍の人間となりました」
「…………」
「よろしいですね?」
「……はい」
僕は頷いた。
それ以外、できない。
警備局の人は安心したように、もう1度頷いた。
……うん。
彼は、明言はしなかった。
けど、ここまで伝えてくれたことが、警備局なりの誠意なのだろう。
それだけでも感謝だ。
去っていく彼に、僕は「ありがとうございました」と頭を下げて見送った。
宿屋の玄関から、部屋に戻る。
アシーリャさんはベッドに座ったまま、まだ窓から青い空を眺めていた。
その横顔を見つめた。
(…………)
彼女は何者なのか?
その過去に何があったのか?
気にはなるけど……。
ブンブン
僕は、首を左右に振った。
そのまま彼女と同じベッドにあがって、その背中に寄りかかるように座った。
「……?」
彼女は、僕を見る。
少し不思議そう。
でも、また窓の外を眺めだした。
(……うん)
僕は、青い瞳を伏せる。
背中が温かい。
今はただそれだけを感じたくて、僕ら2人はしばらくそうしていたんだ。




