037・つがい
翌日、クエストを受注した。
雷爪熊の討伐。
手続きをしてくれた受付嬢のマーレンさんは、
「――がんばってね」
と、余計なことは言わずにただ一言、激励を送ってくれた。
僕は無言で頷いた。
…………。
4人で町を出て、北の森に到着した。
「…………」
僕は、青い瞳を細める。
前回、この森で雷爪熊に負けて、僕はクエスト失敗したんだ。
まだ記憶は新しい……。
ポン
カーマインさんの手が、僕の肩を叩いた。
「行こうぜ」
「うん」
彼の言葉に、僕は頷いた。
彼の後ろで、フランフランさんも僕を見ながら「がんばりましょう」と頷いてくれた。
アシーリャさんは、ぼんやり森を見ている。
彼女も、思い出しているのかな……?
ピカン
杖君が光る。
道案内の『光の蝶』が飛び出して、森の奥へと向かった。
(――うん)
僕は覚悟を決める。
そして、前を行く光を追って、足を踏み出した。
◇◇◇◇◇◇◇
20分ほど、森を進んだ。
(!)
僕らは足を止める。
視線の先で、森の樹々の間を悠々と歩いている巨体の魔物を見つけた。
体長3メートル強。
灰色の体毛をした熊で、頭部に2本の角が生えていた。
雷爪熊だ。
僕は、しばらく動けなかった。
前回は、1歩間違えれば殺されている状況だった。
そのフラッシュバック。
(違う)
ブンブン
僕は、頭を強く振る。
あの時とは、もう違うのだ。
新しい魔法を覚えた。
アシーリャさんの長剣も、新しいものにグレードアップしている。
頼もしい仲間も2人増えた。
今ならば……きっと。
僕は頷いた。
「みんな、やるよ」
「は、い」
「おう」
「は、はい!」
ピカン
3人と1本が応えて、僕は白い杖を構えた。
フランフランさんは、背負っていた弓を取り、矢をつがえた。
カーマインさんは2本の小剣を、アシーリャさんは『アルテナの長剣』を鞘から抜いた。
(――よし)
僕は、強く頷いた。
そして、前線で戦う2人は、雷爪熊へと一気に駆けだした。
◇◇◇◇◇◇◇
魔物の熊は、すぐにこちらに気づいた。
ガアッ
咆哮し、巨体を2本の後ろ足で立ち上がらせると、両前足を高く構えた。
パチチッ
爪先から青い放電が散る。
金髪の美女と赤毛の獣人は、それぞれの武器を構えてそちらに走り……直後、左右にバッと離れた。
その空間を、フランフランさんの弓が通り抜けた。
ドシュッ
魔物の右肩に矢が突き刺さる。
(やった!)
先制の1撃だ。
けれど、矢はすぐに抜け落ちた。
フランフランさんは、表情をしかめる。
「駄目です。奥まで矢が刺さらなくて、大したダメージになってません」
「…………」
そうか。
頑丈な毛皮。
分厚い皮下脂肪と筋肉。
それらに守られて、簡単には致命傷や深手は与えられないんだ。
さすが、雷爪熊。
カーマインさんが叫んだ。
「怯むな! 雷爪熊と戦う場合は、基本、持久戦だ! そのまま攻撃を当て続けろ!」
そして、2本の小剣を振るう。
シュパッ
毛皮の表面を浅く切る。
雷爪熊は怒って、彼に前足の爪を振り下ろした。
ドォン
素早く回避して、爪は地面を叩く。
彼は転がりながら、距離を取った。
その反対方向から、今度はアシーリャさんが迫って青い長剣を振るった。
ヒュパン
背中を大きく斬り裂いた。
(お……)
今のは、かなり深く入ったように見えた。
アルテナの長剣。
新調した新しい武器の威力は、雷爪熊にも確かなダメージを通したらしい。
(やった……)
それが嬉しい。
新しい武器を買って、よかった。
魔物は苦悶の唸り声を漏らして、けれど、追撃は許さないと前足を振るった。
ブォン ブォン
青い放電を散らしながら、爪が踊る。
正面からは受けられない。
アシーリャさんはバックステップを踏みながら、魔物の攻撃を必死にかわしていく。
ドシュッ
そこに、フランフランさんの第2射目が刺さった。
今度は、太い右足だ。
ダメージは低く、けれど、その衝撃でアシーリャさんを追い切れない。
グルルッ
雷爪熊は、苛立った表情だ。
でも、いい流れだ。
カーマインさんの足止めは有効だ。
アシーリャさんの長剣も、雷爪熊の頑丈な肉体に通じている。
フランフランさんの弓だって、浅くても、正確にその肉体を捕らえて、少しずつダメージを与えていた。
(いける)
このままなら、きっと。
時間はかかっても雷爪熊を倒せると、僕は確信したんだ。
でも、その時だった。
ピカン ピカン
杖君が激しく光った。
それは警告の光。
(え……?)
僕は驚く。
ふと視線を巡らせて、
(!)
右の森の奥に、もう1体、雷爪熊がいることに気づいた。
仲間……?
もしかして、つがい?
片割れがやられていることに気づいたのか、その雷爪熊はこちらへと走り出した。
狙いは、フランフランさん!?
(危ない!)
咄嗟に僕は、3射目を用意していた彼女に抱きついた。
彼女は「えっ!?」と驚き、
「杖君、防御魔法!」
僕は叫んで、手にした白い杖を高く掲げた。
ピカン
僕とフランフランさんの身体を『光の球体』が包み込む。
同時に、突進してきた雷爪熊が、その体重を乗せた前足での1撃を僕らに対して喰らわせた。
ドガァン
「ぐっ」
「きゃああっ!?」
光の球体ごと、僕らは弾き飛ばされた。
ズザザァ
草木や土を散らして、20メートル以上、ゴロゴロと転がる。
パリン
光の球体が割れて、壊れた。
今の1撃で、防御魔法が限界を迎えてしまったんだ。
なんて威力……。
そこに至って、アシーリャさん、カーマインさんの2人もこちらに気づいた。
「ニホ、さ、ん……っ!」
「フラン!?」
驚きの表情と声。
けれど、目の前に雷爪熊がいる状態では、さすがの2人もこちらの助けには来れない。
フランフランさんは、青い顔だ。
僕は、歯を食い縛る。
新しい雷爪熊は低く唸りながら、こちらへと近づいていた。
(あ……)
そこで気づく。
この雷爪熊、片目だ。
右目がない。
深い切り傷があって、完全に潰れていた。
…………。
まさか……。
コイツ、前回の雷爪熊?
アシーリャさんに右目を斬られた、アイツなのか?
僕は、愕然だ。
その片目の雷爪熊は、残った左目で僕を睨む。
そして、
『ゴガァアア!』
森中を震わせるような怒りの咆哮を響かせたんだ。




