036・再挑戦
あれから7日が経った。
赤毛の獣人姉弟とは、毎日、クエストに行っていた。
基本は、薬草集め、Eランクの討伐クエストの2件を受けて、時間がかかりそうな時は討伐クエスト1件だけを受けていた。
報酬は、2000ポント前後。
日本円で、約20万円。
1人当たり、約5万円だね。
報酬の金額は、2人だった時と大して変わらない。
ただクエスト自体は、火狼20体の討伐とか、剣角の鹿5体の素材集めとか、難易度が上がっていた。
(……うん)
2人だけだったら、難しかったかも。
やはり、人数が増えるとできることも増える感じだった。
獣人兄妹も、
「こんな毎日クエストをこなしてくのは、さすがに初めての経験だな」
「か、稼ぎが凄いです……」
と驚いていた。
まぁ、毎日5万円だもんね。
そう考えると、大した収入だと思うよ、うん。
本来は、対象の魔物を探すのに1~2日はかかるものなんだって。
でも、僕は杖君の『道案内』で、ほんの数十分、長くても1時間ぐらいで見つけ出してしまう。
だからこその成果。
「ニホの魔法は、本当に凄いな」
「はい」
と、獣人兄妹は笑った。
う~ん?
本当に凄いのは、杖君なんだけどね?
でも、
ピカピカ
杖君は謙遜するみたいに光っていたけれど……。
◇◇◇◇◇◇◇
「――んっ」
ヒュパン
アシーリャさんの振るった青い長剣が、火狼の首を正確に刎ね飛ばした。
紫の鮮血が噴く。
ドサッ
残された胴体は、やがて地面に倒れた。
(うん、お見事)
あれが、最後の1体。
8体もいた火狼の群れは、これで全滅だ。
同時に、これでクエストの討伐目標数にも到達して、本日のクエストも無事に成功が確定したんだ。
僕は、息を吐く。
獣人の兄妹も、
「よし、やったな」
「お、終わりましたね」
と、安堵の表情を見せていた。
お互いの顔を見ると、3人で笑い合う。
その奥では、アシーリャさんも血濡れの長剣を下げたまま、空に向かって大きく吐息をこぼしていた。
…………。
この7日間で、大分、連携も良くなった。
やることは、最初と一緒。
主力はフランフランさんの弓で、それ以外の3人は、彼女の攻撃の時間を作るために足止めを行うんだ。
でも、その動きに、今は約束事が生まれた感じ。
例えば、カーマインさんは右の敵、アシーリャさんは左の敵を足止めするのが暗黙の了解となった。
もし2人の間を抜けられたら、僕が対処。
フランフランさんも基本、自分に1番近い魔物から狙うことに。
あと、アシーリャさんの長剣も攻撃力が高いので、可能ならば、そのまま相手を倒してしまっても良いことになっていた。
今の火狼も、そのケースだ。
お互いの動きがわかってくると、結果的に討伐時間も短くなった。
(……うん)
自分たちが強くなった実感がある。
その自信も生まれた。
それは、僕だけじゃなくて、4人全員がそうだったと思う。
だからかな……?
僕の胸には、その時、ある思いが浮かんでいたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドで報酬を受け取った。
今日も大成功。
そのお祝いも兼ねて、僕らはギルド2階のレストランで食事をすることにした。
モグモグ
美味しい料理を食べる。
食事中は、その日のクエストのことや他愛もない話題を話したりした。
アシーリャさんは……うん、食事に集中してるけど。
ともあれ、和やかな時間だ。
そんな中、
「明日のクエストは、どうする?」
と、カーマインさんが言った。
明日……か。
直接は言わないけど、お試し期間は明日で終了だ。
その最後のクエスト。
それは、今日までのクエストに比べて、少しだけ特別な感じがした。
赤毛の三つ編みを揺らして、フランフランさんも僕の返事を窺うように見つめてくる。
(…………)
僕は、少しだけ考え込んだ。
青い瞳を伏せる。
自分の心の内を確かめて……うん、決めた。
僕は目を開ける。
新しい仲間とアシーリャさんを見て、
「できたら僕は『雷爪熊』の討伐クエストに、もう1度、挑戦してみたい」
と言った。
獣人の兄妹は、驚いた顔をした。
アシーリャさんも食事の手を止めて、僕の顔を見た。
僕は言う。
「あの失敗、ずっと心に残っててさ」
「…………」
「でも、今の僕なら成功できるかもしれない。そうしたら、ちゃんと前を向ける気がするんだ」
まだ、覚えてる。
あの時、感じた死の恐怖……。
怯えた自分。
今はもうEランクのクエストもやってるけれど、あの記憶はまだ残っている。
それを消したい。
自分は、もう強くなったんだと信じたいんだ。
だから、
「駄目かな?」
僕は、3人を見つめた。
兄妹は、顔を見合わせる。
アシーリャさんは、ジッと僕の顔を見つめ返していた。
やがて、
「あぁ、いいぞ」
カーマインさんが頷いた。
妹のフランフランさんも「が、がんばりましょう、ニホ君」と微笑んでくれた。
(あ……)
2人の笑顔が胸に響く。
そして、
ギュッ
アシーリャさんの手が僕の手を握った。
僕を見つめて、
「今度こそ……ニホ、さん……を、守りま……す」
そう呟いた。
そのアメジスト色の瞳には、決意の光が灯っていた。
(……うん)
僕も頷いた。
「ありがとう、みんな」
と、頭を下げた。
みんな、笑った。
僕も笑顔を返した。
そうして僕らは、それからも楽しい食事の時間を過ごした。
…………。
これまでにたった1度失敗したクエスト。
その『雷爪熊の討伐』に、その夜、僕らは再挑戦することを決めたんだ。




