035・ポーション
(ふぅ……)
僕は、大きく息を吐いた。
1つ上のランクのクエストだったけど、何とかなったみたいだね。
うん、よかった……。
そのことに、僕は安堵してしまう。
ふと見たら、カーマインさんが2本の小剣を鞘にしまいながら、こちらに歩いてくる。
僕と目が合って、
「やったな、ニホ」
と、白い歯を見せて笑った。
僕は『うん』と答えようとして……でも、できなかった。
カーマインさんの左腕。
その服の布地がバッサリ切れて、赤く染まっていた。
(え……?)
怪我してる?
そこで思い出した。
さっき、剣角の鹿が僕とフランフランさんに方に突進しようとした時、それを阻止しようとした彼は、大きく弾き飛ばされたんだ。
その時、あの鋭い角でやられたのかも……。
(た、大変だ)
僕は、慌てて駆け寄る。
彼は苦笑して、
「大丈夫だ、これぐらい。傷薬を塗っておけば、すぐに治るさ」
「ううん」
僕は、大きく首を振った。
そして、杖君を構えて、
「――お願い」
ヒィィン
僕の声に応えて、杖君が輝いた。
すると、カーマインさんの真上に魔法陣が生まれて、そこから光が柱のように降り注ぐ。
シュオオ
ほんの2~3秒で、彼の怪我が治った。
「おおっ?」
カーマインさんは金色の目を丸くする。
驚いたように、治ったばかりの左腕をグルグルと回転させたりした。
妹さんの方も、
「ニ、ニホ君って、回復魔法も使えるんですか?」
と、びっくりした表情だ。
僕は「うん」と頷いた。
(治ってよかった……)
僕は、ホッとする。
そんな僕のことを、獣人の兄妹は唖然としたように見ていた。
「お前は、本当に凄いな」
「ど、どれだけの魔法が使えるんですか、ニホ君は……?」
「あはは……」
僕は、笑って誤魔化した。
凄いのは、実は僕ではなくて杖君なのだ。
(ありがとね、杖君)
僕は、こっそりお礼を言う。
ピカピカ
杖君は、内緒話をするみたいに、控え目に光り返してくれた。
するとその時、
ポムッ
(ん……?)
僕の頭に、誰かの手が乗った。
見れば、アシーリャさんだった。
彼女はぼんやりした表情のまま、まるで褒めるみたいに僕の髪を撫でてくれた。
(…………)
少し恥ずかしい。
でも、何だか心地好かった。
…………。
やがて、僕らは討伐の証として、鹿の角を確保。
そして、4人と1本で、意気揚々とレイクランドの町に帰っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
帰り道の街道で、
「回復魔法があると、生存率は大分違うな」
と、カーマインさんが教えてくれた。
(そうなんだ?)
彼曰く、5割以上違うらしい。
5割は凄いね……。
魔法以外にも、回復の手段としてこの世界には『ポーション』もあるという。
だけど、
「高くてな」
と、彼は渋い顔である。
値段を聞くと、品質の違いで変わるけど、最低でも2000ポントからだとか。
え……20万円?
めっちゃ高い。
「深手を治すなら、1万ポント以上だぞ?」
「…………」
「万能回復薬と呼ばれる最高品質の物は、それこそ50万ポント以上するしな」
「……うはぁ」
僕は、呆れ顔だ。
僕の反応に、彼は笑った。
フランフランさんは困ったように微笑んで、
「それで命が助かるのなら、安いとも言えます。でも、庶民には手が出ませんよね?」
と、言った。
う~ん、確かに。
ちなみに普通は、怪我をしたら傷薬と縫合で治すんだって。
そうなんだね……。
カーマインさんは、
「だから、ニホが回復魔法を使えるのは、本当にありがたいことなんだ」
と、強く言った。
妹さんも「本当に」と頷いていた。
(そっか)
僕としては、役に立てるのは嬉しい。
彼は少し考え、
「ただ、ニホ自身が怪我をして魔法が使えなくなる可能性もあるからな。奮発して、ニホ用のポーションを1つ用意しておくか」
と、呟いていた。
僕のために、最低20万円の保険を用意しておくってこと……?
う、う~ん。
ありがたいやら、申し訳ないやら。
そんな僕に気づいて、
「いや、ニホの安全は、そのまま全員の安全に繋がるんだからな?」
と、言われた。
そ、そっか。
僕1人のためじゃなくて、みんなのためだね。
自意識過剰で、少し恥ずかしい。
フランフランさんは優しく笑って、
「でも、ニホ君を心配しているのも本当なんですよ?」
「…………」
「…………」
「……うん」
僕は、少し照れながら頷いた。
カーマインさんは「はははっ」と、そんな僕らに白い歯を見せて笑っていた。
一方でアシーリャさんは、
「…………」
そんな僕とフランフランさんの様子を、珍しくジッと見ていた。
(?)
彼女を見る。
すると、視線を逸らされた。
はて……?
そんな僕の右手にある杖君は、
ピカピカ
何だか『やれやれ』とでも言いたげに光っていた。
(???)
どうしたの……?
そんな1人と一本の様子に、僕は困惑したまま首をかしげてしまった。




