進展
今は古典の授業中、さすがにテスト前に推理だけしている訳にも行かない。
ノートに簡潔に内容をまとめて理解を深める。
ていうか古典って何でこんなに覚えにくいんだろうか。
個人差はあるだろうが俺はめちゃくちゃ苦手だ。
何段活用だの変格活用だの……
テストに引用された文章を見てその場しのぎで行けた国語はどこへ行ってしまったのだろう。
ふと窓の外を眺めると、辺りの植物はほとんどが枯れていた。
ついこの間まで紅葉が生い茂っていたというのに、今では僅かばかり残っていない。
今年はいつもより早いな。
先生の声と冷たい風が窓を叩く音が教室にこだまする。
それが今の俺にとっては何故だか心地よかった。
「んふぁあああ……!」
一瞬で風情のある空間は巨大な欠伸にかき消されたのだ。
クラス中の視線が浅野に集中した。
しまった、という顔をして浅野は俺をちらちらと見てくる。
いや俺にどうしろと。
「いやぁ、昨日から勉強してて全然寝れてなくってさぁ」
と言いながら浅野は再び大きな欠伸をする。
「体壊したら本末転倒だぞ?」
呆れながらも忠告はしておく。
実際夜通し勉強をすること自体は素晴らしい。
とはいえ自分の体調を鑑みて折り合いを付けないといけないのも事実だ。
浅野はしばらく考え込むように俯く。
「……ああいや、勉強する事は全然いいんだ。ただ無理すんなよって話で……」
余計なことを言ったかと思い慌てて俺はフォローをしようとする。
そもそも勉強をしようとすらしなかった浅野が家でも学習しているのは目覚ましい事だ。
まずは褒めてやれば良かったじゃないか……俺馬鹿だろ……
自分の会話の下手さに嫌気がさしてくる。
そんな事を考えていると浅野は口を開く。
「ほんまつてんとーって何?」
その後も雑談をして、会話に一区切りが付いた段階で俺は切り出す。
「なぁ浅野、三人で勉強したときに他の生徒とか居なかったか?」
「……?えっと、他ってうちの高校だよね?えー……居たっけ?」
俺と美鈴は相談を重ねた結果分担して調査をすることになった。
俺は浅野とマンツーマンで必死に当時の状況を思い出す。
美鈴は広い人脈を利用しての人海戦術を行うそうだ。
具体的に言うとまずそれなりに仲のいい女子数名に
「学校の近くのファミレスに先週の金曜行った人って知ってる?」
と聞く。
そこでそれらしい答えが返ってこなくてもその話を更に女子たちに広めてもらうのだ。
するとどんどん話の波は広がっていき、やがてファミレスに居た人物が浮き彫りになるという……
最終的に絞られた人間に話を聞いて行く。
初めは捜査網を最大まで広げていき、頃合いを見てどんどん対象を狭めていくという作戦である。
よくそんな事をぽんぽんと考え付くもんだ。
「あーあいつ居たじゃん。あのー……飯島」
「ああ……飯島は居たよな」
はっとした顔をする浅野だが、生憎飯島は唯一昨日の段階で居たことが分かっていた人間だ。
残念だが周知の事実なのである。
仕方ないとは言え、俺は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべてしまう。
やはり新しい情報はそう簡単には出ないのだろうか……
そんなことを思っていると浅野は手をパンと叩く。
何かひらめいた、とでも言うような顔をしている。
「そうだ!もう一人トイレで会ってたじゃん!これ生島にも話した……話したっけ?」
「マジで!?」
突如として出てくる新情報に興奮して俺は思わず席を立ちそうになってしまう。
いや待て待て嬉しいけど落ち着け俺。必死に自分に言い聞かせる。
心臓がうるさいほど震えているのが分かる。。
はやる気持ちを抑えるために胸に手を当てて深呼吸をする。
……よし。
「それって……誰だ?」
意を決して浅野に問う。
浅野は俺の突然の興奮に怪訝そうな表情を浮かべている。
が、まぁいいかと言うような顔へと移り変わっていく。
すぐに質問の答えは返ってきた。
「ほら、うちの生徒会長だよ。御子柴先輩」
反射的に浅野の以前の発言を思い出す。
『いやぁ~偶然トイレで会長と会ってつい話し込んじゃって。もしかけて心配かけ……て……』
そうだ、確かに言っていた。
美鈴が眠ってしまい、最悪のタイミングで浅野が帰って来た時にさり気なく。
生徒……会長……?御子柴優香……
浅野のこの言葉で、俺たちの捜査に大きな進展がもたらされるのだった。




