第66話 結婚しました
そんなこんなで私たちは、婚約し、結婚した。
私は、自分の結婚はアーネスティン様、マチルダ様、ローズマリー様のあとだと思っていた。
だって、マーク様は私より二歳、いえ一歳年下で、仕事に就いてさえいないのですもの。
アーネスティン様たちの婚約者の方々は、もうすでに立派にお仕事をなさっている。だから最初に覚悟していた通り、結婚まで時間が空くのは仕方ないと思っていた。
しかし、初めて聞いた言葉だが、世の中には飛び級というものがあるそうである。
『飛び級試験に受かったので、早めに帰国できる』
「飛び級とは?」
私は首をひねった。まさかマーク様に問い合わせるわけにはいかない。手紙の往復だけで結構な時間がかかってしまう。先生に聞いてみたら、学校をショートカット出来るシステムらしい。
「でも、難しいのよ。よほど成績が良くないとできないわ。まさかね」
まさかと思ったが、マーク様は留学先の学校始まって以来の秀才という称号を得て、さっさと帰国してきた。
結果、彼は恐ろしいことに私と卒業年を合わせてきた。
「やっと、一緒にいられるようになりました」
伯爵邸に招かれて、
感動の再会だったけど、マーク様が帰国しておとなしくしているわけがなかった。
アーネスティン様、マチルダ様、ローズマリー様の婚約者はそれぞれ適齢期。と言うか、むしろその地位にしては遅いくらいだ。
いずれも、花嫁の成長を待っての結婚になる。
でも、マーク様ってどうなの? 急ぐ必要ある?
「そんな……僕も、あなたのお誕生日会であなたの美しさ、優しさに胸を撃ち抜かれました。皆さんと同じです」
私は返す言葉が思いつかなくて沈黙した。お誕生日会の意外な効用である。
「それからというもの、ずっと、あなたの成長を待っていました。皆さんと同じです」
絶対に違う。どう見ても、花婿の成長を待っていたの間違いでしょう。
「帰って来れて本当に嬉しい。式の段取りは着々と進んでいますよ」
待て。帰国してからまだ三日くらいしか経ってない。
「まあまあ。でも、急いだ方がよい理由はたくさんあります」
真顔になって、マーク様は言い出した。
「さあ、これを」
渡されたのは、鍵の束だった。
私は首を傾げた。古めかしい、ずっしりと重い鍵の束だった。
「王都にあるグラント伯爵家の屋敷の鍵ですよ」
思い出した。
グラント伯爵は、王都に素晴らしい屋敷を構えている。
「でも、今は、荒れ放題です。先代が病気がちで、そこまで手が回らなかったんです」
マーク様はため息をついた。
「かつては美しい館と見事なバラの庭がありました。今は見る影もありません。内装や家具を入れ替え、庭についても庭師を手配したいのですが、あなたの希望を聞かないといけないので」
えっ? 私の希望ですか?
「あなたが女主人ですから。お金に糸目はつけません。そう言う問題ではありません。結婚式も控えていますし、その後に披露のパーティもあります。今から準備しても、時間が足りないくらいです」
お金を好きなだけ使って、改装して、家具を買って、庭を作るの? それは……楽しそうだわ……。
「確かに。それは今から頑張らないといけないかもしれませんわ」
「それから、この鍵は……」
ひとつだけ、小さくて金色に輝く鍵があった。
「グラント家代々の宝物室の鍵です」
「宝物室……ですか?」
グラント家は、歴史に名を連ねる、昔から続く大領主だ。
その財宝ともなれば、すごいものがあるのでは?
「家宝には、びっくりするほど大きなルビーやダイヤモンドもあるそうですが、それは昔風過ぎて実用には向かないですね。それより先々代の夫人が使っていたものをリメイクした方がいいと思います。先々代の夫人はアクセサリーが好きだったそうで、かなりの数があると聞きました。でも、先代は夫人がいなかったので、ほったらかしなんです。あなたが使ってくれればいいなと思います」
マーク様はここでニコリと笑った。
私は頭がクラクラしてきた。それ、怖いくらいの高価な品々ではないかしら。
私は思わず鍵の束を返した。
「だめですわ。そんな貴重なものを」
マーク様は困ったように答えた。
「何を言ってるのですか。あなたは伯爵夫人、つまりこの鍵すべての管理を任されるのですよ?」
それはその通りなのだけれど。
「屋敷や庭は、結婚式までには形をつけないと。僕もできる限りお手伝いします。あなたのお家には、新しくローズマリー様が奥様として入られますからね。その前に、グラント伯爵邸を整えて、一緒に住みましょう」
私はハッと気が付いた。ローズマリー様とは仲良しだけど、私はお邪魔かしら?
マーク様が心なしか満足そうに微笑んだ気がした。
「グラント伯爵家へようこそ。あなたの居場所は、ここです。僕の屋敷です。ようやく迎え入れることができて本当にうれしい」
私たちの結婚は、一番早くなってしまった。
そのことを報告しに王弟殿下のお屋敷を訪ねると、ピエール夫人が現れた。
「あなたが一番乗りで夫人になるだなんて、思っていませんでしたよ」
ピエール夫人は言った。
「旦那様のお年が若いので、結婚はもっとゆっくりかと思っていました。もっとも、グラント伯爵家の跡取りですから、若くして結婚してもおかしくないのですけど」
「夫がせっつくもので」
つい、口が滑ってしまった。
ピエール夫人は、この言葉を聞くと面白そうに微笑んだ。
「あなたが早めに安定なされば、それはとても良いことですから」
ピエール夫人はブレない。アーネスティン様のことを考えているのだろう。
夫がせっついただなんて言ってしまったけど、それは正しい言い方ではない。私も、今は彼のファンですわ。
私の夫は、アーネスティン様、マチルダ様、ローズマリー様の婚約者様たちより、多分、七歳か八歳くらい年下だ。誰よりも美しい肌と澄んだ目をしている。
年齢差は変わらない。と言うことは、彼はずっと若いまま。
うん。年下。全然いい。
これにて終了!
オマケ
アイリス嬢とアラベラ嬢は、エレクトラ嬢の結婚式で、王立高等学院の方(すなわちマーク様の子分)に見染められて結婚しました。したがって、二人とも夫は一歳年下ということに。
でも、すごく幸せそうです。ヨカッタ、ヨカッタ。
幸せ年下婚の会になっています。




