第62話 ヘイスティング侯爵
「お父さま、アンとステラは、私のことをずっと下賤の者と言っていました。理由は自分たちが侯爵令嬢で、伯爵令嬢の私より身分が上だからです」
聞くだけで父はイライラし始めた。
「本当は男爵令嬢のくせにか? もう、あの者たちにはこの家から出て行ってもらう。もし、叔母の部屋に宝石でも何でも、何か一つでも、うちの所有物が合ったら、盗難で訴えてやる」
「私はアンに部屋を移動するよう言われました」
私は話をぶっ込んだ。そう言う意味なら、私の部屋にあったもの、全部、義姉に取られましたわ。
「えっ? なぜ移動しろと?」
父がたまげて叫んだ。
「侯爵家令嬢の方が格上だから、部屋を譲るのは当然だそうです」
父の額に今度は青筋が立った。
「ふざけるな。他人の家に来て、なんたる態度! ソンプ家の娘だろう! この家の娘に向かって何を言う」
ソンプ男爵令嬢だということは、当時知らなかった。でも、今、言いたいのはそこじゃない。
「ですから、私の部屋にあったものは、全部アンのものになりました。これも窃盗ですね」
父は相当驚いたらしく、びっくりしてセバスに本当かどうか目顔で尋ねた。セバスはその通りですと答えた。それから付け加えた。
「奥様の部屋は、ヘイスティング侯爵夫人がさも当然と言った様子で占拠されました。奥様も前の奥様の宝石類を使用されていました」
父は思いもよらなかった実の叔母のやり方に唖然としたと同時に、ふつふつと怒りが湧いてきたようだった。
実は本当に値打ちのあるものや思い出の品は、早々に銀行に預けた。だが、しばらくは父には黙っておこう。
「あいつらを部屋から出すな」
そこへ、ヘイスティング新侯爵の来訪が告げられた。
こんな面倒くさい義母(私の義母ではなくて侯爵の義母だった)の為にわざわざ足を運ぶだなんて、私なら無視するかもしれない。律儀な方だな。
「エレクトラもここにいなさい」
私は父の書斎から出て行った方がいいと思ったのだけど、父は残りなさいと言いつけた。
「ハワード侯爵、ご迷惑をおかけしております」
新侯爵は来るや否や詫びを入れた。新侯爵は悪くないと思うのだけど。むしろ被害者でしょう。
父はどうするのかなとみていたが、父も申し訳ないと二人で謝った。
「娘のエレクトラです。ご存じですな?」
え? 初対面よ? と思ったが、顔を見ると知った顔だった。あれ? 誰だったかしら?
照れくさそうに新侯爵は笑顔を見せた。
「アンドリュー・ヘイスティング。マチルダ嬢の婚約者です。正式にご挨拶したことはありませんが、何度かお会いしています」
あっと言って、私は挨拶も忘れて、ソファーの上に座り込んでしまった。
「すみません。以前からマチルダ嬢のお友達だと知っていました。でも、ヘイスティング侯爵夫人を名乗る女性があなたの義母だと言う話を聞いて困りまして、名乗れずにいたのです」
「ヘイスティング侯爵夫人を名乗る女性……?」
まさか、それも嘘なの?
ヘイスティング侯爵は厳しい顔になった。
「結婚契約書に父の署名はあります。本物です。しかし当時父は病で状況が悪かった。最後は昏睡状態でした。契約の中身をきちんとわかって署名したのか、なにか別の紙だと誤認して署名したのか不明です。立会人もいないのです。ソンプ家の別邸でおとなしくしていてくれればよかったのですが、娘を連れて王都に出てきました。そして今日から私の家の女主人になるのだと言い張りました。もちろん、追い出しました」
父が後を継いだ。
「そしてこの家にきたのだ。もとをただせば生家はこの家だからな。だが、家の宝石を勝手に取り込んだりしたら、窃盗になる。叔母を訴えるだなんて、家の恥だが、出て行ってもらうためには仕方がないかもしれない」
「あのう、旦那様」
セバスが遠慮しながら言い出した。
「そのほかに当家の名前を騙って、あちこちのドレスメーカーから借金をしております。それから、エレクトラ様と結婚を条件にルテイン家から、金額はわかりませんが借金をしているはずです」
「ええっ?」
私は声をあげた。私、借金のカタなの?
だが、父は妙な薄ら笑いを浮かべた。
「バカだと思っていたが、本当にバカだな。ドレスメーカーはとにかく、ルテイン伯爵家などと付き合うとは。今、ルテイン伯爵は麻薬取引の嫌疑で拘束されている」




