第59話 自邸にて
「今日は、私、何の用事で呼ばれたのかしら?」
私は不安に思ってセバスに小さい声で聞いた。
「婚約者を替われと言うのではないでしょうね?」
「何のことですか?」
セバスが驚いて尋ねた。
「アンかステラの方がふさわしいから、モートン様と私の婚約は止めて、アンかステラとの婚約に替えるようにと言う話ではないでしょうね?」
「何をおっしゃられるやら。そんなこと絶対にございません。そもそもグラント伯爵様が絶対に承知なさらないと思います。それより、この家を出ていかれるだなんて、私どもの手落ちだと旦那様にひどく叱られました」
父の書斎の方から何やら声がする。そう言えば、夕べモートン様が父のお供で帰ってきたと言っていたわ。本当に父が帰ってきたのかしら?
私が書斎の方を向くと、セバスが言った。
「旦那様が、昨日、突然お戻りになられたのです。それで、お嬢様がおいでにならないことを知って、それはもう大変なお怒りでした」
私は困った。確かに家出と言えなくもない。
「困ったわ。でも、アーネスティン様のところに行ってから、お父様に手紙は出したのよ」
なんて書いたっけ。思い出せないわ。
「でも、返事はなかったの。お父様は私のことはどうでもいいのだと思いました。だから、そのあとは手紙を出していないの」
返事がなかったことはよく覚えている。見捨てられた気がした。
「ヘイスティング夫人が隠したのでございます」
セバスの語調に深い恨みを感じて、私は驚いた。奥様呼ばわりでないことにも。
「おば上!」
父の声だ。ものすごく怒っている。
「セバス、おば上って誰の事?」
私はこっそり聞いた。だが、セバスは書斎の方に気を取られていた。ふと気が付くと、周りはウチの使用人だらけだった。みんな声を潜めて、書斎の様子を窺っている。
「今すぐこの家を出て行ってください」
バタンと書斎のドアが荒々しく開けられたと思うと、突き飛ばされるように義母が出てきた。結っている髪の形が歪んでほどけかけている。
その後ろから、父がドスドスと部屋から出てきた。真っ赤な顔をしている。
「この家の面汚しになっている、あなたのところの不出来な二人の娘はどこです? 領地に家くらいあるでしょう。どうして、ここに来たのだ」
「王都にいないと娘によい縁談が来ないからですわ。仕方がないことでしょう? フィリップだって許してくれたではありませんか」
父が目をむいた。フィリップとは父の名前だ。
「この家においてもらっておいて、人の娘になんてことをするんだ。家から私の娘を追い出した。いいか、私の娘だ。あなたのところの娘は成績が悪くて退学になったそうじゃないか。ここにいる必要はない」
父はこちらに目を向けた。
父がビクッとしたのが分かった。
私に気が付いたのだ。
私も怒られると思ってビクッとなった。
「エレクトラ……」
父は私に向かって言った。
「すまなかった。こんなことになっていたとは……」
父が私の方に一歩足を踏み出そうとした時、義母が金切り声をあげた。
「エレクトラ、今すぐ、婚約者を替わってちょうだい。アンがグラント伯爵が気に入ったらしいの。あなたさえ婚約を辞退してくれればいいだけなのよ。アンの幸せの為だと思って、ここは譲ってください。お願いよ」
使用人全員が、あきれ返って義母を見た。
次の瞬間、怒り狂った父が、義母に張り手をかまして、パシンと言う派手な音が屋敷中に響き渡った。




