第58話 ハワード家からの呼び出し
素敵な方だと思ったけれど、なにやら強引すぎるような? しかも、気のせいかしら? 影軍団に気に入られてるっぽい?
「若くて線が細い感じのする貴公子ですが、やることが太いので安心だと陰の報告が上がってきています」
ピエール夫人が読み上げた。それから、私の方をぎろりとにらんだ。
「何よりグラント伯爵家の跡取りです。これは大きい」
なんで私の婚約をみんなが決めたがるのかしら。
「とにかく、今日はもう遅いので休んでください。アーネスティン様にも早く休むよう言ってあります。御用はもうありませんからね」
そして、翌朝、私は早くに起こされた。
「ハワード侯爵家からお迎えが来ています」
夕べから私の身の上には大きな変化が起きた。
これまでは父にかまわれない、行き場のない貴族の娘だったが、ダンスパーティの場で公式にモートン様から結婚の申し込みを受け、了承した私は未来のグラント伯爵夫人の地位を手に入れたのだ。
一緒にダンスパーティの会場に赴いた侍女たちは、夕べは私が侍女として働かないのかと不満そうな顔をしていたが、今日からはそれどころではない。伯爵夫人予定者は、侍女ではなくアーネスティン様の友人に昇格してしまった。
「でも、どうしてハワード侯爵家が迎えなんかよこすのかしら?」
義母が私の婚約を耳にして、婚約者を義姉に挿げ替えたいとでもいうのかしら?
私は心配になってきた。義姉はモートン様がグラント伯爵を継ぐのだと言うことを知っていた。義母はどんな常識はずれなことだって平気でやる人だ。
あの家で味方なのは使用人たちだけだ。
御者は、代わっていなければ私の味方のはず。
だが、誰が御者なのか確認することはできなかった。
今日から私はアーネスティン様のお友達扱いになった。ピエール夫人が私の出立を恭しく見送った。
「新しい身分にふさわしく、きちんとした扱いをしないと、格が下がります。アーネスティン様のお友達らしく振る舞ってくださいませ」
お友達は身分が高いほどいいらしい。どこかの義母と同じようなことを言う。
侍女たちも何人か見送りに来ていた。その前でうろうろ馬車から出て御者の顔を見に行くなんて真似はできない。私はやむなく不安を抱えたまま馬車に乗った。
家から出て、どれくらい日が経ったのだっけ。ハワード侯爵家に着いた私は、心配しながら馬車から降りた。
「エレクトラ様!」
セバスが走り寄ってきた。セバス、少しやせたような気がする。心配だわ。
「奥様から聞きました。ご婚約おめでとうございます。でも、ああ、ずいぶんお痩せになって」
「セバスも痩せたのではないですか?」
私は聞いた。
「いえいえ。私は変わりません。お嬢様が家を出られてから、心配で心配で」
「申し訳ないわ。でも、ルイス様と結婚させられてしまうのではないかと思うと、この家にはいられなかったのよ。アーネスティン様のおうちなら、遊びに行って泊まって特に問題にはなりませんからね」
「むしろ、王弟殿下のお屋敷に住まわせていただけるだなんて、そちらの方がびっくりでございました」
アンやステラには無理でしょうね。
「滞在なさるなら王弟殿下のお屋敷ほど安全なところはないでしょうが、こんなにお痩せになるとは。まさか王弟殿下のお屋敷での扱いが悪かったなどと言うことはございませんでしょうね?」
「そんなことはありませんわ。でも、今日は私、何の用事で呼ばれたのかしら?」
私は不安に思ってセバスに小さい声で聞いた。




