第56話 強引かもしれないけど優しい
「僕と結婚してください。永遠の愛を誓います」
「はぃ」
「聞こえない。もっと大きな声で!」
モートン様が跪いたまま手をギュッと握り締めた。
「はい!」
私はやけくそで会場中に響き渡るような大声で返事した。もう顔が真っ赤になっているに違いない。
周りから拍手が沸き上がり、おめでとう! マーク! と言う声が次々に聞こえた。思っていたより大勢王立高等学院の生徒が来ているな? 留学していたくせに。
恥ずかしすぎる。
「よくやった!」
「おめでとう!」
モートン様は嬉しそうだ。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
立ち上がってふわりと抱きしめられた。彼の腕のおかげで突き刺さるような視線が和らいだが、誰かが声をそろえて叫んだ。
「エレクトラ様、おめでとう!」
女性の声だ。これってアイリス嬢とアラベラ嬢?
腕の隙間から見ると、アイリス嬢とアラベラ嬢が満面の笑顔なのが目についた。
あれ? アーネスティン様がいる。笑っている。マチルダ様もだ。ローズマリー様は何と泣いてる?
「さあ、踊りましょうか」
ダンスの前の音楽が流れ始めて、大勢の人たちが動き始めた。
私たちは、まるでずっと前からの婚約者みたいに踊って、その晩ずっと一緒にいた。そして全然緊張はしなかった。
さすが十ページもある手紙を書いてよこすだけだけあって、モートン様のたいていの話題に私はついて行けたし、ついこの間まで何かあるとモートン様に愚痴をこぼしていただけあって、モートン様も私の事情をよくご存じだった。
「ねえ、もう、モートン様と言うのはやめませんか?」
モートン様は耳元でささやいた。
「僕の名前も変わりますので」
「なんとお呼びすれば?」
グラント伯爵かしら? 正式にお披露目はまだしていないらしいけど。なにしろ、グラントの不幸がありますからね?
「マークと」
私は途端に真っ赤になってしまった。どうしよう。
「僕も次から手紙には愛しいエレクトラって書きます。マークって呼んでください」
年下なんだけれどね? 押しが強いな。強すぎる。
「マ、マーク様」
「ん? 聞こえない。もう一度。あと、様は要りません」
聞こえてるじゃないの!
「マーク?」
真っ赤になってしまって、モートン様ではないマーク様の顔を見ると、彼も真っ赤な顔をしていた。にもかかわらず、彼は言った。
「聞こえないな。耳元で言ってください」
ダメだわ、この人。
「いい加減にして。もう帰りましょう」
「なんてことを言うの? 僕はまだあなたのドレスを褒めていない」
私は突然気が付いた。もっと前に気づいていなければいけなかったのに!
「ドレスを……ありがとうございました」
「当然のことです。今の僕には簡単なことですから」
グラント伯爵が広大な領地を持つ大領主だと言うことを思い出した。マーク様はお金を得たのだ。それでドレスを買うことができるようになったのだ。
私は自分のドレスとマーク様の服を見た。見事に色合いが合っている。誰が見ても、彼が贈ったドレスを着ているのだと一目でわかるだろう。
「あなたはお金持ちなのね」
「僕がお金持ちなら、あなたもお金持ちですよ」
彼はやさしく言った。
私はその言葉に動揺した。
だって、母が亡くなって義母が来てからというもの、私は自分が気を遣ったり仕事を受け持ったりすることはあっても、誰かに大事にされた記憶がない気がする。
彼の言葉は、私を受け止めてくれる。頼っていいんだと言ってくれている。
一人でも底なしに甘えていい人がいる。
うっかり涙が出そうになって、マーク様があわてた。
「ありがとう、マーク様。お気持ちが嬉しいですわ」
その晩は私たちは一番遅くまで残って、最後に彼が私を王弟殿下のお屋敷まで送ってくれた。
馬車を降りるとき、マーク様が言った。
「僕は、今回、あなたのお父様のお供で帰ってきたのです」
「え?」
私はびっくりした。父が帰ってきた?
「あなたを王弟殿下のお屋敷に送らなくてはならないとは残念なことです。でも、明日からは事情が変わると思います」
それは、どういうこと?




