第55話 今度はモートン様劇場
そのほかグラント伯爵の健康を祈念しましょうと親しくなった聖職者が、実は詐欺師だったことが判明したり、効果抜群という触れ込みの健康食品が、グラント伯爵に関わると効果がないどころか毒だったことがバレた事件もある。
これが数回続くと、詐欺師たちはグラント伯爵家を避けるようになった。
しかし今度は、なぜグラント伯爵家に健康食品などを売りに行かないのか疑問視され、グラント伯爵のところへは、何々と言う名前の健康食品はご利用ですか?と言う問い合わせが入るようになった。グラント伯爵が使っていると答えると、安心して売り上げが伸びると言う怪現象が起きるようになった。
まるで試金石扱いである。
ところが、皆が安心して食べたり飲んだりした後で、急にグラント伯爵が体調を崩し、医者たちが細かく話を聞いて症状と合わせていくと、やっぱり彼の健康食品は毒だったと言う事実が判明するケースが多かった。
しかも、普通この程度でここまで体調を崩すことはあり得ないのに、伯爵は見事なまでに瀕死に陥り、買った人たちに恐怖を与え、業者は逮捕される事態を招いた。
さらに始末が悪いことに、伯爵は祈祷や健康食品、健康法に興味があり、自からその手の情報を集め、ガラクタ商人や偽祈祷者を呼ぶのである。
こんな伯爵に試されたくない。だけど、断ると疑われる。したがって断れない。
その上、逮捕案件のあとに、芋づる式に被害者が詐欺師だったり、被害者の友人が殺人事件の犯人だったり、不思議なくらい全く明後日の方向に事件は拡大した。
グラント伯爵本人は純粋で悪気がないのにもかかわらず、何かとお騒がせが次から次へと起きる不思議な体質の持ち主だった。
全体をひっくるめて、グラントの不幸と呼ばれるようになった。
偽聖職者や悪徳商人などが捕まったことは、社会全体に対しては望ましいことだが、捕まった当人たちは、あの伯爵に関わったばかりに起きた不幸と嘆いたと言う。
自業自得だと思うんだけど。
グラントの不幸は有名だ。
自らが重体になるくらいならともかく、他人に不幸をお配りするようでは付き合いきれない。一体、グラントの不幸がどれくらいの範囲まで有効なのかわからないけど、そのせいでモートン様はこの話題には触れなかったと言う意味なのね。
「それは仕方ないですわね」
私は深く納得した。死後、高僧に祈りをささげてもらって、なるたけ立派な葬儀を営んだ。そのせいか、数週間が経ってもグラントの不幸は発動せず、親族一同胸をなでおろしたそうだ。
「あなたは理解が速いので助かります」
そう言うとモートン様はニコリとほほ笑んだ。
「あなたの義姉の皆さんに、グラントの不幸がまとめてやってくることを祈ります。伯父は死後の話をされるのをことのほか嫌いましたので」
「そうですわね。何か不敬なことを言ってましたわね。亡くなった方のことをとやかく言うものではありませんわ」
モートン様は私の方に向き直り、手を取った。
「そうですとも。でも、僕が今宵、ここに来たのは、グラント伯爵の話をするためではなく、あなたに婚約を申し込むためです」
私は猛烈に緊張した。
あの。
嬉しいのはとても嬉しいのですが。
なぜかギャラリーがいます。
ダンスホールの真ん中に連れ来られたせいか、先ほどまでモートン様の周りを取り囲んでいた令嬢たちや、無関係なはずの騎士学校や貴族学園の生徒だとかが、なぜか固唾を飲んで見守ってくれているのですが?
「行けー! マーク」
なぜか飛ぶ声援。
「頑張ってー! エレクトラ様あ」
誰? これは?
モートン様は私の足元に跪いた。
「結婚してください」
え。
私はこっそり周りを見回した。にこにこ笑顔で、ハッピーエンドの期待に満ちて見守る顔、顔、顔……。
これ、断ったら、モートン様の顔をつぶすことになるのかしら。
「は、はぃ」
蚊が鳴くような声で返事した。私のような者に求婚してくれるだなんて、嬉しいけど、猛烈に恥ずかしいのですが。
「聞こえない! もう一度!」
ギャラリーが檄を飛ばす。
「では! もう一度、申し込みましょう!」
跪いたまま、私の顔を見上げるモートン様。キラキラした瞳で、挑発に乗らないでください!




