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エレクトラの婚約者  作者: buchi


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第53話 ソンプ男爵令嬢

私は純粋に驚いた。まったく知らなかった。


「父が、あなたに話を持ち掛けたのだと思っていました」


「違います。僕があなたと婚約したかったのです。あなたのお父様は、あなたの意思を尊重したいとおっしゃられました」


私たちが座っていたのは、賑やかなダンスパーティの会場だった。

楽しげな音楽や人々が話す音も響いていたけれど、二人で向き合って座っていると、他の音は消えていって気にならなくなった。


「あなたと初めて会ったのは、あなたのお誕生日会でした。春爛漫の頃で、庭でみんなで遊びました。とても楽しかったし、あなたは優しくて、誰よりもきれいでした」


思い出せない私は猛烈に焦った。覚えていないだなんて、失礼だし申し訳ないわ。


「あなたの家は、お父様が王宮で重要な地位を占めていて、お母さまも華やかな方でした。大事にされている家の子どもたちは、自分の地位を自覚していて、高慢だったり、高圧的だったりすることも多いのですが、あなたはそうではなかった。僕はエレクトラ様とまた遊びたかったので、毎年、あなたのお誕生日会を楽しみにしていました。でも、ある年からお招きが来なくなってしまいました」


モートン様は寂しそうに微笑んだ。


「母は、エレクトラ様はもう大きくなったので、男の子は招かれないものなのよと説明してくれました。婚約者でもない限り」


彼の目を見ていると、吸い込まれるようだ。私は怖くなってきた。


「あ、あの、婚約者でなくても、お友達にはなれますわ……」


「男の子はなれません」


……うん。そうですわね。


それが理由で、私はこれまで婚活できなかった。


「僕はあなたの正式な婚約者になりたかった。そうしたらあなたを独占できる」


まっすぐな目が見据えてくる。


「私は……年上ですし……」


美人ではない。でも、美人じゃないなんて自分の口からは言いにくい。


モートン様が、うやうやしい態度で私の手を押し頂いた。


「ずっと憧れだった。優しくてきれいなお姉さまでした。今日のこのフロアに、あなたほど美しい人はいない」


彼は熱心に心を込めて言い、見てはいけないと思いながら、私は吸い込まれるように彼の目を見つめた。


「ルイス殿を好きでないと言うなら……」


私は思わず首を振った。ルイス様は眉毛がピンと妙な方向に生えていて、口がおちょぼ口なの。武芸自慢だそうだけど、目の前にいるモートン様とは段違いだ。モートン様の姿を見ていると、夢の中に引きずり込まれるような気がする。


「婚約を正式のものとして発表させてほしい。なぜなら、あなたとずっと一緒にいたいから……」



「マーク様ぁ!」


突然、ガサガサという絹ずれの音とともに、邪魔者がやって来た。


「こんなところにいらしたの。探しましたわ。今日の武芸大会、すてきでしたわ」


よく知っている声がした。ただ、こんな甘ったれたような調子で話せるとは知らなかった。


義姉のアンだった。


「マーク様、グラント伯爵になるんですって? 聞きましたわ。やっと伯父さまが亡くなられたのですってね」


訳知り顔に馴れ馴れしく近寄って来て、モートン様の肩に手をかけたのは、ステラだった。


たかが学園のパーティなのに、二人ともぎっしり刺繍が施された場違いなほど豪奢なドレスを着ていた。ガサガサ音がしたはずだ。


「あらエレクトラ。こんなところにいたの。どきなさい。気が利かないわね。邪魔だってこと、わからないのかしら」


アンは向こうへ行けと言わんばかりに手を振り、ステラは無言のまま行動で示した。

私の肩を邪険に押して、自分がモートン様の隣に座ろうとしたのだ。


私はあわてて立ち上がった。椅子から落とされるところだった。こんな無作法な真似は見たことがない。


だが私が立ち上がるとモートン様も椅子から立ち上がった。


「あら、マーク様ったら。私の横にお座りなさいな。許可してあげますわ。母があなたの身の上を調べてくれましたの。伯父様のグラント伯爵が亡くなられて一安心ね。あなたが推定相続人だったけど、死んでみないと遺言書の確認ができなかったんですってね」


私はモートン様のそばに立ち尽くして、アンの言葉を聞いていた。なんの話かしら?


「やっと私たちに相応しい身の上になられたのねえ。よかったわ。グラント伯爵といえば大したものよ。わたくし、本当に安心しました。これで安心して婚約できるわ」


ステラも言った。


「何度も親しい手紙をいただいて嬉しかったですわ」


そして、二人ともにっこり笑った。


モートン様の色白の整った顔がキュッとしかめられた。


「伯父の死をよかったわと言われるとは心外です」


二人はキョトンとした。


「あなた方に手紙を出した覚えはありません」


「あら。だって、家には何通も届きましてよ」


「私たちにとても熱心な方だと思って、嬉しかったですわ」


「あなたたち宛ではなかったはずです。ソンプ男爵令嬢」


この言葉に、無闇にニコニコと笑顔にだったアンとステラが、ピタリと動きを止めた。


「グラント伯爵が、なぜ地方の男爵家の娘風情を相手にすると思うのですか?」


「あ、あの、私たちは父が侯爵でしたから、当然侯爵令嬢ですわ!」


「あなたの母上はヘイスティング侯爵と再婚なさって侯爵夫人になりましたが、あなた方は侯爵の実子ではないのでソンプ男爵令嬢です」


二人は黙った。


「正式な養女でない限り、ヘイスティング侯爵令嬢を名乗ることは詐称ですよ」

















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