第52話 白状する
これはとても意外な質問だった。
私は思わず言ってしまった。
「いいえ!」
モートン様は私を見透かすようにじっと見つめ、大きく肩を揺らしてため息をついた。
「それで?」
私は、モートン様が何をどう思ったのか気になったけれど、促されたので、続きをしゃべらなければならなくなった。
「学園ではアーネスティン様たちが一緒にいてくださいます。アーネスティン様たちはルイス様のことがお嫌いでした。一度学園でルイス様たちに取り囲まれたことがあります。公共の場で、女性一人に男性三人が詰め寄るだなんて、礼を失しているとアーネスティン様はお怒りでした……」
モートン様の灰色の目が大きく見開かれ、ちょっと唇が歪んだ。何かとんでもないことを言い出しそうだ。だが、彼が口に出したのは一言だけだった。
「その点に関しては、僕は、アーネスティン様に完全に同意しますね」
モートン様がじっと私を見つめたまま何も言わないので、私は仕方なく続きを話した。
「でも、家には義母がいます。義母がルテイン伯爵に脅されて、婚約を決めてしまったのです。そして婚約者のルイス様をお招きするのです」
「一体何をネタに脅しているのだろう?」
モートン様はつぶやくように言ったが、私はルテイン伯爵の顔を見たくなかったので、学園に逃げてしまったため理由を知らなかった。
「アーネスティン様が事情を聞いて、王弟殿下のお屋敷なら私が住んでも大丈夫だからと招いてくださいました」
モートン様は考えているようだった。この方は私より一つ年下なのに、状況をわかってくださるのかしら。
「それは……あなたのお父上はご存じなのですか?」
「いいえ」
私はしょんぼりとして言った。やはり父に伝えなければいけなかったかしら。いや、一度書いたような気がする。どうだったっけ?
「なぜ、知らせなかったのですか?」
「それは……」
それは父が私のことなどどうでもよくなってしまったから。
屋敷を牛耳っているのは義母と義姉であり、私はドレス一枚買うことができなかった。
使用人たちは良くしてくれたけれど、所詮は使用人。日々の生活は快適だったが、婚約のような契約や大きな買い物は出来なかった。お茶会の開催もダメ。そう言ういわば公的な活動は一切できなかった。
私は父に窮状を訴えても、拒否されるのが怖かったのだ。
私の大切な母よりも、あの義母の方が大事なのだもの。
モートン様はとても当惑した顔になった。
「僕は何回も何回もあなたに手紙を書きました。返事が来なくなって三ヵ月ほどにもなるかと思います」
私は気がついた。義母がセバスから隠したのだ。
「義母が持っていると思います」
娘あての手紙を隠すような家はない。恥だと思う。だけど、私は芋づる式にいろいろと白状しないわけにはいかなかった。
この婚約はダメになるだろう。それは仕方がない。せめて私が不誠実ではなかったことだけでも伝えたいと思った。わがままなのかもしれないけれど。
「私はあなたが手紙をくださらなかったので、書くのをやめてしまったのです」
私は気まずそうに答えた。
「元々だいぶ年上の私との婚約は、父のゴリ押しで大変なご迷惑だと、よく理解しておりましたし」
私は、これまで手紙には書けなかった問題をついに伝えた。
私は身の程をわきまえている。ピエール夫人にも褒められた。
目の前の立派な若者は、さっきまで他の令嬢方に取り囲まれてキャアキャア騒がれていた。立派に成長して、王立高等学院のトップ剣士だ。きっとこれから多くの縁談が来るだろう。
その中には、もっと条件の良い、もっと美しい令嬢とのお話があるだろう。
「エレクトラ嬢」
モートン様が、急に真剣になって、こちらに向き直った。静かな灰色の目がちょっと怖い。
「婚約を申し込んだのは、僕の方です。あなたの父上は、考えてみようとおっしゃられただけです」




