第49話 壁の花
その後、トマソン夫人と針子は黙って着付けをしてくれて、髪も結ってくれた。そして、見覚えのある宝飾品を出してきた。
「まあ! これはお母様の!」
懐かしい思い出がどっと胸に蘇ってきた。
トマソン夫人はおずおずと微笑んだが、私は暗い調子で夫人に向かって言った。
「出来れば、このうちのいくつかは私に形見として残して欲しいものです。義母と義姉が欲しがるでしょうから、私の手元には来ないでしょうけど」
「お嬢様、あの……」
トマソン夫人がものすごく何か言いたげだったが、私はさえぎった。
「わかってますわ。どうにもなりません。今晩だけこれを借りましょう」
それは真珠のネックレスで、イヤリングも付いていた。母がよく使っていた。
「こちらのエメラルドの方が……」
それはツヤのいい深い緑色の素晴らしい逸品で、周りにはダイヤモンドが付いていた。
「そんなのアンやステラに会ったらむしり取られてしまうわ。会場でそんな騒ぎが起きたら、いい笑い者よ」
トマソン夫人はどこか残念そうだったが、私はよくやってくれた人達にお礼を言って、ピエール夫人が用意してくれた馬車に乗った。アーネスティン様は、モントローズのオーウェン様が誘って、ご一緒に行ってしまったらしい。
余った侍女たちが私と相乗りして学園に向かった。侍女たちがジロジロドレス姿の私を見るので、なんとも気まずかった。
「その格好でお仕えする気ですか?」
「いえ。ピエール夫人がダンスパーティに参加しなさいとおっしゃるので、ドレスを着ています」
「まあ」
話はこれだけだったが、確かに侍女たちが違和感を覚えるのは仕方なかった。ダンスパーティに参加するくらいなら、自前の馬車で行くべきだ。
私は学園に着くと、侍女がいても目立たない場所や、ダンスパーティの予定などを彼女たちに教え、案内をした。
アーネスティン様の侍女たちは知らない場所なので、所在なさげで、私がずっと彼女たちと一緒だと思い込んでいるらしかった。彼女たちを放っておくわけにもいかず、私はダンスパーティが始まる時間になっても、会場に行けなかった。
すると、後ろから声がかかった。
「探しましたわ! エレクトラ様!」
ローズマリー様だった。息を切らせていた。後ろには婚約者の方らしい男性が見え隠れしていた。
「何をなさってますの? もう、始まりますわよ」
ローズマリー様は侍女たちには目もくれず、私をダンスパーティ会場の大広間に連れ出した。
「アーネスティン様の侍女たちが、場所がわからなくて戸惑っていたようなので」
「そんなこと、アーネスティン様が聞かれたら、お怒りになりますわ」
いつもは穏やかなローズマリー様が息を切らせて重いドレスで探しにきてくれた。
申し訳ないことになった。
「ごめんなさい。ローズマリー様」
ご迷惑をかけてしまった。でも、どうすればいいのかわからなかった。本当にこのドレスを着ていてもいいのかしら? モートン様はまだ子ども。ドレスを贈る意味を正しく知っているかしら。
私たちは華やかなダンスパーティ会場に着いた。
「さあ、ここでなら、壁の花でもなんでもなっていてちょうだい。でも、あの侍女たちのいるような場所へ戻ってはダメよ。良いご縁があればぜひとアーネスティン様も考えてらっしゃるのだから」
「申し訳ございません」
私はしょんぼりした。
ピエール夫人やアーネスティン様は、私がそれなりの方と結婚している方がむしろよりよくお仕え出来ると考えているのかも知れなかった。
いやー、結婚なんて絶対無理だわ。
私はダンスパーティ会場を見渡した。
ほぼ一番後で入場したため、良さそうな壁はすでに占拠されていて、柱の影とか、あまりダンス会場が見えない場所しか残っていなかった。
それでも首を伸ばして、私はダンスパーティの様子を窺った。
昼間は武芸大会が開かれていた同じ場所だ。
アーネスティン様のために用意された見物台もまだ残っている。中には、誰か知らないけれど、立派なヒゲの貴族らしい男性が何人か座っていた。多分、理事長か学園の偉い人だろう。アーネスティン様のお父様かも知れない。
かなりのカップルが踊っていたが、その中にアーネスティン様もいた。
オーウェン様は、アーネスティン様の手を取って楽しそうに踊ってらっしゃった。
周りはこのカップルには遠慮してか、少しだけ距離をとって踊っていたが、みんな楽しそうだった。
よく周りを見ると、貴族学園の方たちだけではなかった。
王立高等学院や騎士学校の方も来ておられるのだろう。男性の参加者が多い。
なるほど。絶好の婚活会場だわ。
ピエール夫人はいつも間違いがない。
しかし、いっそ首から条件を書いた紙でも下げておいてくれないかしら。誰が誰だかわからないこの状態で、条件の合う方を発見しろだなんて無理難題だわ。
婚活って一口に言うけれど、とても難しいと思うの。私には無理。もっとかわいくて、きれいな人でなければ、誰も見つけてくれないと思うわ。
なので私は趣味に走ることにした。
今日の準優勝者はどこかしら。準優勝なら、絶対パーティに参加しているはずよ。
とても素敵な方だと思ってしまった。体つきは細いけれども、しなやかで計算された身のこなしだった。顔はあまりわからなかったが、戦いっぷりが気に入った。
せっかくなら眼福しようじゃないの。遠くから眺めるだけなら、誰からも咎められないと思うの。せめてそれくらいは許されると思う。たとえ好きな人ができたところで、中途半端な婚約予定者がいる私はダンスもできないのだから。
「まずは、女性にモテモテな方を探せばいいのよね」
優勝した方より、準優勝の方が人気だった。
「あれかな?」
数人の女性に取り囲まれているなかなかどうしての美形がいた。
隣には間違いなく優勝した騎士学校の剣士がいた。試合の時と服装は違うけれど、あの体格は見間違えようがない。
お目当ての準優勝者は、濃緑色の服に着替えていた。体にピッタリ合っていて、すごく似合っている。あれは高い。王立高等学院の生徒のはずだけど、お金持ちなのかしらね。
「ふふふ。みつけた」
二人とも大勢に取り囲まれている。
あんな倍率の高いところに行っても、婚活的には意味はない。でも、見ているだけで幸せだと思う。
今度、絵姿でも売りに出されたら、買おうかしら。
柱の影から自分の姿は見えないようにしつつ、あたりを窺うだなんて、パーティ参加女子にあるまじき行いだわ。でも、まあいいや。好きなだけ準優勝者を眺められるしね。
と思っていたが、突然、準優勝者の様子が変わった。彼は何かを見つけたらしく、周りの着飾った令嬢たちに謝るような仕草を見せて、足早に歩き出した。
どこかへ行ってしまうんだわ。残念。とてもよく見えるロケーションだったのに。
仕方がないので、私は別な場所に移ることにした。
ここは音楽があって楽しいところだ。
知らない人が多いのも、なんだか気楽。それにワクワクする。
大勢の知らない男性とちょこちょこ目が合う。騎士学校か、王立高等学院の方々だと思う。
今日は、いつものみすぼらしい格好ではないので、見られても恥ずかしくない。美しいドレスは身だしなみでもあると思うの。
アーネスティン様たちは踊り終えて、すみのほうに二人で座って何か語らってらっしゃるようだ。マチルダ様とローズマリー様を探したら、遠くの方で婚約者の方を交えて楽しげに四人で談笑してらした。
うらやましいな。私には一生無理だ。




