第48話 ピエール夫人の許可
私はそれこそびっくり仰天した。
トマソン夫人が合図すると、後ろから何人も針子たちが現れた。大きな箱を抱えている。開けると、みごとな薄緑のドレスが出てきた。
私は思わず見とれた。
それはアーネスティン様のドレスのような豪奢さはなかった。
義姉たちのドレスのような派手さもなかったが、とてもセンスの良い、うっとりするような素敵なドレスだった。何より、このドレスは私に絶対似合いそう。
ああ、このドレスを着てダンスパーティに出ることができたら!
ダンスなんか踊らなくていい。
とてもきれいで一目で気に入ってしまった。
このドレスを着てみたい。着るだけでもいいから。
「さっと直して、ダンスパーティに間に合うようにいたします。ハワード侯爵家の執事のセバス様から宝飾品はあずかってきています」
私はようやく我に返った。
「ダメです。私に踊る時間なんかありませんわ。アーネスティン様のお世話をしなくてはなりませんから」
それにここは王弟殿下のお屋敷だ。私がここで、ドレスの着付けをするなんておかしい。
「ピエール夫人からドレスをお召しになって、ダンスパーティに出ていただくよう、言いつかっております」
「まさか」
「ピエール夫人だって結婚してらっしゃいますわ。エレクトラ様が結婚されても、アーネスティン様にお仕えするのに、問題ないと言うことで」
そう言えば、ピエール夫人は結婚推進派だったような。
だが、私は大事なことに気が付いた。
「でも、このドレスはモートン様からのものなのでしょう? これを着て他の殿方とダンスを踊ったら、モートン様への裏切りになりますわ」
トマソン夫人は小さく頭を振って否定した。
「モートン様からは美しく着飾って欲しいと言いつかっております。ご自分の婚約者が美しく着飾ることを好む殿方は多いですから」
私はあまり聞いていなかった。ダンスさえ踊らなければいいのではないかしら。
このドレスは素敵すぎる。
夢のようだ。
この前のダンスパーティも見ているだけだった。ドレスも日に日にみすぼらしくなっていくばかり。
ずっと我慢してきたの。でも、これくらいいいんじゃないかしら。きっと義母や義姉は止めるでしょうけど、あんな人たちの言うことを聞くことはない。
私は、ドレスメーカーのお針子たちの手によってドレスを身に着けた。ダンスパーティ用の正式なドレスで、いつもならキュウキュウに締め付けられるのだが、今日はすごく楽だった。
「お嬢様、これでは痩せすぎです。どうなさったのですか?」
トマソン夫人が泣きそうになりながら尋ねた。
そう言えば、この人は、小さい頃から私のドレスを作り続けてくれた人だった。
「別にどうも」
私はそっけなく答えた。
私はドレスを初めて見た時の興奮から、ちょっと冷静になっていた。
このすその長いドレスは、誰かに付き添ってもらわないと困るようなドレスだわ。大丈夫かしら?
それにモートン様がドレスを作ろうと思いつくなんて。最近は手紙を出しても返事もなかった。父が侯爵になったと聞いて、あわてて礼を尽くすことにしたのかしら。
そう思いつくと、こんなドレスを着ている場合じゃないと思い返した。
「アーネスティン様にお仕えするのには、邪魔過ぎますわ、このドレス。脱がないと」
私は言い出した。
トマソン夫人以下お針子たちは猛烈に困った様子になった。
「お金もいただいていますし、私たちはそう言う命令を受けています。お気に召しませんでしたか?」
「父が侯爵になりましたの。多分モートン様は、その話を聞いて、気が変わったのだと思いますわ」
「気が変わったとは?」
トマソン夫人は不安そうに問いただした。
「元々、父から持ち掛けられた政略結婚です。きっとモートン様は、幼すぎて結婚の意味が分かっていらっしゃらなかったと思うの。最近は手紙一本送ってきません。私は書き送ったのですが、最近はもう嫌になって書いていません。父もです。返事も来ません。ずっとなおざりだったのに、急にこんなものを贈ってくるところを見ると、なにか魂胆があるのだと思いますわ」
トマソン夫人はしばらく黙っていたが、針子の一人がピエール夫人を呼んできた。
「お忙しいのに、申し訳ございません! こんなことでお呼び立てするなんて!」
私はめちゃくちゃ恐縮した。ピエール夫人は、アーネスティン様のご用で間違いなく忙しいはずなのに。そして、トマソン夫人を睨みつけた。
このドレスメーカーは勝手なことばかりする。今後、絶対使わない。
「エレクトラ嬢。トマソン夫人を許可したのは私です」
「え?」
私は、ピエール夫人の言葉に驚いた。
「それはそうですよ。私の許可なくお屋敷に入れるはずがないではありませんか。ダンスパーティにも出るようにあなたに言いましたよね?」
そう言えば言われていた。
「はい。もちろん出ますわ」
「あのドレスでですか?」
ピエール夫人は、ジロリと私のみすぼらしいエビ茶のドレスを一瞥した。
「申し訳ございません」
あれしかドレスがないのですもの。
「その頂いたドレスを着てダンスパーティには出なさい。なんでもいいではありませんか。あなたの婚約者候補が不実な人なら、アーネスティン様が何かおっしゃるでしょう。誠実でも、あなたが気に入らない人なら、ご自分でおっしゃい。でも、今晩はそのドレスを着て欲しいものですね。王弟殿下の家の立派なお付きはそれなりであるべきです」
ぐうの音も出なかった。




