第47話 ドレスを届けに
「私は、トマソンと申します」
その名前を聞いて思い出した。母が使っていたドレスメーカーだ。
だが、私が彼女をドレスを作ろうと呼んだ時、義母と義姉がなだれ込んできた。いつの間にか、義姉たちのドレスを作ることに話がすり替わり、ドレスメーカーはそのことを喜んだ。一着より二着の方が儲かるからだろう。
あの時、私はこのドレスメーカーは二度と使うまいと決心した。
今日は、誰に呼ばれたのかしら。
どのドレスメーカー相手でも、義姉たちが自分のドレスを作るのだと騒ぎ始め、私は結局、途中で諦めて部屋から姿を消すことになった。世の中、声が大きい方が勝ちを占めるのだろう。
ドレスがなくても、別に不自由はなかった。中途半端な婚約者候補を決められてしまったせいで、ダンスパーティに出られない。誰とも踊るわけにはいかなかったからだ。こうなってしまうと結婚は難しい。
だから、私はアーネスティン様にお仕えすることに決めたのだ。
立派なドレスとはもう無縁の生活だ。
私はトマソン夫人を冷たく見据えた。
私に呼ばれたくせに、私のドレスを作らないで帰ってしまったのだから、当然だ。今後とも彼女に用事はない。
「もう、私はドレスは作りません。作るお金も必要もないのです。婚約は決まっていませんし、父は私を見捨てました。手紙一通届きません。私はアーネスティン様の侍女になるつもりです」
トマソン夫人は目に涙を溜めた。
「奥様がお聞きになったら、何とお思いになるでしょう」
私はムカッとした。私にどうしろと言うの? 亡くなった母の名前を持ち出すなんて、そこまでして商売したいの?
だがそんなこと言っても仕方がない。
「それで今日はどういったご用件ですか? 見ての通り私はアーネスティン様のご用で忙しいのです」
「今日はエレクトラ様のドレスをお届けに参りました」
私はあきれた。
「私は発注していません」
トマソン商会と言えば、かなりの大手だ。そして、ここにいるトマソン夫人はその中心人物。秋のダンスパーティが急に決められたせいで、大忙しだったはずだ。それなのに発注もされていないドレスを作るとはどういうことなのだろう。義姉がドレスの代金を払えなくなって、あまりものを押し付けに来たのかしら。
「義姉のドレスがうまく気に入られなかったのですか? それで代わりに私に売りつけようと? 義姉のドレスは、私には入りませんよ?」
大きすぎる上に、短すぎる。
「いいえ、いいえ。ヘイスティング侯爵令嬢のドレスを作るドレスメーカーなんて、もうどこにもございません」
トマソン夫人は意外なことを言い出した。
「まあ。どうしてですか? 私が私のドレスを作ろうとお呼びしたのに、皆さま、アンとステラのドレスを作るのに夢中でしたわ」
「ヘイスティング家は破産状態ですわ。ずっとドレス代だの宝飾品だのの払いが滞っていて」
それは新情報だったが、私の知ったことではなかった。しかし、トマソン夫人の次の一言で、私は真っ赤になった。
「それで、婚約者のルテイン伯爵に借金を申し込んだのだそうです。エレクトラ様の持参金を借金の形にする約束で」
「私は誰とも婚約していません!」
「ええ。もちろん、ルテイン家と婚約していないことは存じております。ルテイン伯爵もお金を貸すのはお断りになられたそうです。ですが、それとこのドレスは別です。こちらは、エレクトラ様の婚約者のモートン様からのドレスでございます。今日お届けするようにと申し付かっております」
「モートン様?」
私は訳が分からなくて聞き返した。




