第46話 決勝
別に五人がぎゅうぎゅう詰めでも構わなかった。視線が地面に近くなった分、見通しは悪くなったが、熱気が伝わってきた。
私の推しは、最初の細くすらりとした剣士だった。
見事な剣さばきだ。身が軽く鮮やかな動きがとても魅力的だわ。
「私はあの重量級の方」
アイリス嬢が言った。
「とても男らしいと思うの」
アラベラ嬢も夢中になってうなずいた。
この二人は卓越した剣の腕前で勝ち上がってきた。決戦はこの二人の間で争われ、固唾をのんで見守る観衆の前で最終戦となった。
実は、私は、剣のルールがさっぱりわからない。
正直言うと多分、この席にいる五人全員が、剣の技についてはあまりわかっていないと思う。
だが、そんなことはどうでもよかった。問題は誰が一番イケてるかなので、あとは全部どうでもよろしい。
会場中の女性のかなりの部分が、細い方の剣士推しで、男性の大部分と女性の一部がたくましい剣士推しに見える。
問題は顔がわからないことだ。防具をかぶっている。顔が見えなくては、最後の判定ができないでしょう!
「あれで顔がイケメンだったら!」
「勝負は完全につきますわ!」
アラベラ嬢が保証した。
現在、試合は続行中である。しかし、細い方の旗色が悪くなってきた。
「仕方ありませんわ。細ければスタミナがないのはやむなし!」
私は必死で擁護した。
残念ながら、細い方の剣士が負けて準優勝となった。悔しかったが仕方ない。
もっと悔しかったのは、せっかく剣士が防具を脱いでくれたのに、顔がはっきり見えなかったことだ。
アイリス嬢はアラベラ嬢が近眼だったので、彼女の眼鏡を借りて望遠鏡の代わりにならないか試してみたが、目が回っただけだった。
しかし、熱狂がひどくなったところを見ると、二人ともマズくはないらしい。
「どうします? アーネスティン様なら、呼びつけられないかしら?」
理事長の娘特権の濫用をヒソヒソ相談し始めたところで、背中に冷たい声が響いた。
「お屋敷に戻りますよ」
振り返らなくてもわかる。ピエール夫人だった。
「アーネスティン様を連れていらっしゃい。馬車を待たせています。ダンスパーティの支度をしなくては」
「はい。ピエール夫人」
オーウェン様はなかなかの美男子だったが、アーネスティン様はちょっとツンとしていらっしゃる。それが気になるらしくて、オーウェン様は必死になって色々話しかけている。私たちのことなど見えていないみたいだ。
モントローズ家の嫡男は、勇猛果敢と噂を聞いたことがあるが、アーネスティン様の前では溶けているらしい。
「ダンスパーティの支度がございますので」
有能侍女の私は、オーウェン様からアーネスティン様を引っぺがして馬車に詰め込んだ。早くお屋敷に戻らないとダンスパーティに間に合わなくなる。アーネスティン様のお仕度ともなれば時間がかかるのだ。
私? 私はこの格好のままダンスパーティに突入だ。便利でお手軽。ただし、こんなドレスではオーウェン様のように夢中になってくださる男性は寄り付かないと思うけど。
オーウェン様は、溺愛系だったらしいわ。
まあ、アーネスティン様は光り輝くような美女。子どものころから可愛かったに違いない。おまけに才気煥発。オーウェン様の脳みそが少々イカレても仕方ない。
お屋敷に戻ると、大勢の侍女たちが待ち構えていた。
うむ。こちら方面では出番はないみたい。私はダンスパーティのスケジュール表を綿密に検討し始めた。ご案内や使い走りは私の仕事になるわ。
しかし、私はピエール夫人に引っ張られて、自分の寝室に連れていかれ、そこでどこかで見たことがあるような中年の女性を紹介された。
こんなところで人に会うとは思っていなかったし、今日はとても忙しい。
「あの、私の仕事は?」
「まず、こちらを済ませなさい」
ピエール夫人は、忙しそうにそう言い置いてどこかへ行ってしまった。
中年女性は私に向き合うと、申し訳なさそうな顔をして、お辞儀した。
「お久しぶりでございます。エレクトラ様」
見覚えはあったが、思い出せなかった。誰だったかしら、この人?




