第44話 侍女役確保
しかし、アーネスティン様をめぐる話は壮大になってきた。
私は、会場に充てられた貴族学園の大広間を、もう一度、見に出かけた。
大勢の大工や資材が駆り出されて、槌音も高らかにトンテンカンテンやっている。
武芸大会の見物ごときに、こんなに大きな見物台が建造されている理由が分かった気がした。
アーネスティン様の婚約者オーウェン様が、もしかすると、隣国の王太子殿下になるかもしれないからだ。
隣国の王家の乗っ取りをうまく進めたかったら、少なくとも国内から反対が出てはいけない。
オーウェン様は、今はただの公爵家の息子で、国内にさほど知名度はない。だが、アーネスティン様は、我が国の王弟殿下の娘で、絶世の美女だ。好感度を稼ぐにはピッタリだ。
「なるほど。セット売りか」
思わず腕組みしながら、私はうなずいた。
その小道具だと思うと、頭でっかちに審査員席を脅かすように建てられている特別席も、今の我が国の姿勢を象徴しているような気さえしてきた。前のめりだ。
「審査員が隣国で、オーウェン様とアーネスティン様が我が国と。そんな感じがするわね」
なにか国際政治を裏から操っている壮大な気分になった。
王弟殿下のお屋敷に戻ると、ピエール夫人が、私が提出したアラベラ嬢とアイリス嬢、二人の身上書を読んでいた。
「北部地方のキャンベル子爵の遠縁と、王都のソントン商会の娘。成績は優秀、素行に問題なしと。まあ、いいでしょう」
私はホッとした。
「当家の侍女を遣わしたいところなんだけど、学園に家から侍女を出すと、厳密には校則に違反しますからね。自分のことは自分でしなきゃいけない校則があります。でも、生徒なら問題ない。あと侍女だと学園内の場所がわからないから手伝いようがない」
ピエール夫人は私に鋭い目を向けた。
「あなたもダンスパーティには出るのでしょうね?」
「いえ。あの、一応出るには出ますけれど、そのアイリス嬢とアラベラ嬢と一緒にいようかと思っています。私の婚約者候補のモートン様は隣国に留学中ですし」
そう言いながら、私はハッとした。
モートン様も隣国に行ってらっしゃる。大丈夫かしら。
ピエール夫人は、今日や明日に何かが起こるわけではないと言ったし、父のことは頼りになる有能な外交官だと褒めていた。隣国の国王の覚えもめでたいそうだ。
その父が、モートン様のことはよく面倒を見ておいてやると言っていた。モートン様自身も賢い子だ。
「踊るかどうかは別として、会場には絶対に行くように。それから、アーネスティン様は一度お屋敷に戻られます。その時はお供してくるように」
「かしこまりました」
ピエール夫人は少し優しい調子になって付け加えた。
「ダンスパーティに出ておけば、どこかの殿方の目に留まることもあるでしょう。あなたは今や侯爵家の令嬢なのですから、堂々としてらっしゃい。ルテイン家など!」
ピエール夫人がフンと言った。
「先日、ルテイン伯爵は密輸の件で調査を受けました。隣国の調査協力のおかげで、証拠があがったのですよ。もう、あの一家があなたを煩わせることはないわ」




