第41話 ダンスパーティの支度
お屋敷に戻ってからアーネスティン様にパーティへ参加することを伝えると、アーネスティン様はとても喜んでくださった。
「よかったわ! ぜひあなたと一緒に行きたいと思っていたの!」
「アーネスティン様に喜んでいただけて嬉しいですわ」
しかし、ドレスの新調は断った。
「大丈夫ですわ。誰もお相手なんかいません。ただ、会場の雰囲気を楽しみたいだけです。ピエール夫人が、余程でない限り、どんなドレスも目立たないっておっしゃってましたし。きっと私のドレスも目立たないと思います」
「ええと、私、いつも思っていたのだけど、あなた、ご自分のことを、まさかかわいくないとか思ってらっしゃる?」
私は黄金の滝のような見事なブランドと、キラキラ輝くサファイアのような目をしたアーネスティン様を眺めた。
美の権化とはこのような方を言うのではないだろうか。
私はクスリと笑った。
「アーネスティン様ったら。人の容姿の話なんかするものではありませんわ。もし申し上げることがあるとすれば、正直、私はアーネスティン様の横に立っているだけで、ちょっと凹んでいます」
「でも、評判になっているのよ? ルイス様はあなたを婚約者だと騒いだけれど、あなたは違うっておっしゃったし、モートン様との婚約は発表されていないので、今、あなたは婚約者のいない状態だってことになっているの」
「まあ、そうかも知れません」
アーネスティン様はじれったそうに言った。
「次期外務大臣のお嬢様が、フリーで参加されるのよ? しかも、評判の美人よ? ルイス様でなくてもお申し込みが殺到すると思うわ」
私はぼんやりアーネスティン様の顔を見た。
「アーネスティン様。父の娘は、アンとステラだけです。私は捨てられたのです」
「そんなことは……」
「家に居場所はないし、私の結婚は義母が好きなことを言っています。大人気になるなら、アンとステラでしょう」
父の威光を借りたいなら、後妻である義母の機嫌とその娘たちに取り入った方がよい。
「家ではドレスも作れないし、あんな人と結婚した父が許せません」
アーネスティン様はとても困った顔をされた。
私は我に返った。アーネスティン様、ごめんなさい。心配してくださったのに。
私は後でピエール夫人に怒られた。
「アーネスティン様を困らせるだなんて、使用人の風上にも置けない」
私はしょんぼりした。
「ですが、ドレスなんかいただけません」
ピエール夫人もその点については、同意見だった。
「アーネスティン様のお小遣いで、あなたのドレスくらい十分買えますから、アーネスティン様にしてみれば、ただのご好意だったのでしょうね」
「でも、ドレスは高いですし、私は見習いに入ったばかりで、学校もまだ卒業していませんから、お給金も貰えません」
「そうだわね」
「他の使用人の方の手前もありますし」
ピエール夫人も困ったらしい。
「確かに断る以外ないわねえ」
アーネスティン様のご好意をお断りしたのは、本当に申し訳なかったが、ドレス以外のことは、なんでも言う通り聞くつもりだ。
ドレスの採寸にも付き合ったし、ドレスが出来上がっていくワクワク感も一緒に楽しんだ。
「まあ! アーネスティン様、本当によくお似合いですわ!」
侍女の醍醐味というのだろうか。
私は学園に入る前に義母が来たので、ちょうどドレスが欲しいような年頃から、ドレスを作ることができなくなった。
だから、アーネスティン様がドレスを作り、似合う色やデザインを、ドレスメーカーの人と相談しながらどんどん美しくなっていく様を見ていくことが楽しかった。
私は手紙を書いたが、父から返事はなかった。
モートン様も思い出したついでに手紙を出したが、なしのつぶてだった。
モートン様からまで返事がなかったのはちょっとショックだった。良い友達だったのに。そう思うのは私のおごりだったのかな。
義母がアンかステラを勧めたのかもしれない。モートン様がアンやステラを選ぶとは思えなかったが、そんな家庭の娘なんか嫌になるだろう。
私は、誰にとっても、本当にどうでもいいのだろう。
一人で生きていくことが、こんなに厳しいとは思っていなかった。王弟殿下のお屋敷で働く人たちからよい評判を取って、それだけを頼りに生きていかなければならない。
今は、ピエール夫人の評価だけが頼りだった。
「よろしい。よくできました。あなたならアーネスティン様を任せられそうだわ。ダンスパーティも顔を出したほうがいいと思うわ。アーネスティン様にも伝えておきます」
ピエール夫人とアーネスティン様、共々私にダンスパーティに出なさいとは、なぜなのかしら。
とにかく日々は流れ、ダンスパーティの日は刻々と迫りつつあった。




