第39話 秋にダンスパーティ?
気合の入った私は、くよくよ悩むのは止めにして、学業に、侍女見習いに精を出した。
経営科の友達にはガリガリに痩せてしまったと言われたけれど、伯爵家にいる時よりいいものを食べている。量が入らないだけだ。
王弟殿下のおうちは実は学園から近かったので、私は徒歩で通うことができた。軽い身分の者は、気楽でいいわ。これがアーネスティン様の出入りになると、重装備の馬車でのお出迎えとなる。
王弟殿下のおうちは門がやたらとたくさんあった。敷地が広いので仕方ない。私は学園から近い使用人用の入り口から出入りし、門番とも顔見知りになった。慣れてくると結構楽しい。
アーネスティン様の秋のダンスパーティの用意をしている時、ピエール夫人が聞いた。
「あなたも学園の生徒なのでしょう? ダンスパーティのドレスはどうなさるの?」
「ドレスがありませんし、私には婚約者候補がいるのでダンスには出られません」
「候補?」
鋭い目つきでピエール夫人は尋ねたが、一部始終を話すとピエール夫人は逆に怒り出した。
「そんなことで人を縛るだなんて。あなたの結婚のチャンスを奪っているだけではないですか」
本当にその通りだ。
「二歳も年下で爵位もないなら、あなたを縛る理由がありません」
そう言えば、私は最近モートン様に手紙を出すことを忘れていた。時間がなかったのだ。
「もっとましな嫁ぎ先がいくらでもあるでしょう。あなたのお父様は何を考えていらっしゃるのでしょう!」
父にも手紙を書いていなかった。用事がなかったし、義母のことなど書いても無駄だからだ。
「厄介払いで婚約を決めたのだと思います。姉が二人もいますから。家を継ぐ兄もまだ未婚ですし」
「婚約していないなら、王弟殿下に探してもらいましょう。あなたは根性のあるプロです。どこのお家でも掘り出し物です」
評価してもらえた。嬉しい。
ご令嬢的な誉め方ではないけれど。
その時になって、私はようやくウチの使用人たちを思い出した。
彼らはどうしているかしら。心配してくれているのではないかしら。
私がいなくなったことで、あの家は義母たちのものになってしまった。義母たちはホッとしているだろうが、セバスたちは辞めてしまうかもしれない。私は父に手紙を書いて、セバスたちの身の振り方についてお願いをしなくてはいけないと気が付いた。私の味方になってくれたせいで、セバスたちは義母とは一緒にやっていけないだろう。本当に申し訳ない。
私がぼんやり別なことを考えている間も、ピエール夫人の話は続いていた。
「ダンスパーティにはお出なさい。ドレスはなんでもいいでしょう。みんなが着飾ってくるので、何を着ても目立たないでしょう。アーネスティン様のお針子を使っていいですよ。私が許可します。腕がいいので、見違えるようにしてくれますよ」
ピエール夫人、優しい!
アーネスティン様にお礼を申し上げると、悩むところがあるらしく、ちょっと困った顔になりながら言った。
「私の家にいらっしゃいと言ったけれど、侍女になる練習をしてもらうつもりは全然なかったのに。私のお友達なのですから、この家でのうのうとしていればいいのに」
「申し訳なさ過ぎて、のうのうとしていられませんわ。それは両親が揃った家の娘がやることですわ。私のように、厄介払いしてせいせいしたと思うような家の娘では、そうはまいりません」
アーネスティン様もこの問題については返答に困るらしく、さらに困った顔になった。
アーネスティン様を困らせたくない。
「それより、ダンスパーティ、お楽しみでございますね。武芸大会には貴族学園以外からも参加者がいるのですよね?」
ダンスパーティの話題になって、ようやくアーネスティン様が笑顔になった。
「ええ。主に騎士学校からね。王立高等学院からもくるはずですわ。自信のある方しか出場なさらないから、貴族学園からはほとんど出ませんけどね」
「そんなところへマチルダ様とローズマリー様の婚約者様は、お二人とも模範演技で出場なさるのですね! すごいですね!」
私は脳筋のウチの兄を思い出した。こういう行事があると知ったら、取るものもとりあえず参加しそうだ。仕事があってよかった。絶対参加できない。
「そうなの。あの二人は昔はライバル同士でしのぎを削っていたらしいわ。私の婚約者も昔は出ていたのですけど、今はもう出ないのよ。残念ですわ」
「見たかったです」
楽しそうな会だわ。
「あなたもご覧なさいな。思うに、出場者はきっと張り切ってると思うわ。貴族学園から女性の観覧者が大勢押しかけますからね」
アーネスティン様はいたずらっぽく笑った。
「めちゃくちゃ緊張しているかも知れませんよ?」
私も笑った。
「そうかもしれませんわね。それからドレスはお父様にお願いしてみたらいかが? この家に送ってもらいなさいな。それなら、誰も文句は言わないと思うわ」
私は迷った。
「父は送ってくれないかも知れません」
「それならそれで、いいじゃないの。思い切りがつくと言うものだわ」
アーネスティン様が言った。
「そうなったら、私も遠慮なく、思い切りあなたを可愛がれるわ。ハワード侯爵に遠慮しませんわ!」
私はちょっと驚いた。侯爵家ではありませんわ。
「だって、今は、私があなたのドレスを作ることは出来ないのよ」
「もちろん、そんなことはお願いできません」
「違いますわ。王弟一家とはいえ、侯爵家の令嬢にドレスを贈るだなんて、とても失礼なことよ。でも、送ってこない親なら遠慮はいらないわ」
アーネスティン様は私をゆるく抱きしめた。
「大好きよ、エレクトラ。あのピエール夫人が、すっかりあなたに惚れ込んでいるのよ。面白いわ!」
「そんなふうにはとても見えませんが?」
ピエール夫人は顔が怖い。褒めるときも、なにか怒っているような印象がある。言っている内容は親切なのだが、私はいつもちょっとだけ怖かった。
「親切な人よ。今度、一緒に採寸しましょうね」
「父に急いで手紙を書きます」
私はあわてて言った。これ以上アーネスティン様に迷惑はかけられない。
「でも、誰に作ってもらうにしてもドレスは必要よ? 早めに発注しておかないと間に合わないわ!」




