第37話 麻薬と婚約
話を整理すると、気が進まない結婚から私を守ろうと考えたアーネスティン様たちは、ルイス様の瑕疵を捜査した。
うまいぐあいに、女性被虐待趣味が見つかったので、ちょっとデブ専を付け加えて、虐待趣味のあるアンとステラに気があるのではと言う噂に仕立てあげて広めたと。
私が直感的に思ったのは、アーネスティン様らしくないと言うことだった。
「私もちょっとそう思いはしたのだけど……」
「あのう、実は私もそう考えたのですけど……」
アーネスティン様とマチルダ様は、もごもごとおっしゃった。
なるほど。我が国最高峰の淑女には不適切な噂ではある。
にもかかわらず、どういう訳か影たちがノリノリで広げまくったと言う。
「国家の為に必要でございますと言われると、言い返せなくて」
「それに私たちが発端だとは、誰一人考えませんからと言われたのです」
私は何か似たような案件があったことを思い出した。
なんだったっけ?
そうそう。
あれは経営学のアイリス嬢とアラベラ嬢に、ルテイン伯爵家のルイス様、ロス男爵家のロビン様、レシチン家のレオナルド様の噂を教えてもらった時。
アーネスティン様やマチルダ様、ローズマリー様に、お話したと言ったとたんに、ただの噂が燦然と真実の光を放ち始めたのだ。
アーネスティン様やマチルダ様、ローズマリー様がおっしゃったと言うのではない、私が噂の内容を三人にお伝えしただけである。
にもかかわらず、その三人のご令嬢方に嘘は言えないだろうと言う謎の信頼から、男三人の性癖持ちが事実認定されてしまった。さらにはツンデレ?で、実はアンとステラに気があって、内心は付きまといを喜んでいると言う、鳥肌ものの風評被害が発生し、まことしやかにヒソヒソと広がっていると言う。
「私たちも、真相を知るだけに、あの殿方三名を多少は気の毒に思っていたのです」
アーネスティン様がおっしゃった。気の毒に思っていると言う割には口ぶりは冷たい。
「個人の趣味ですからね。特に批判はいたしませんわ」
マチルダ様も見下げ果てたかのようにおっしゃる。
「そんなことより、私たちはエレクトラ様に申し訳なくて」
アーネスティン様が言い出した。
「どうしてでしょう?」
「影たちが、これだけ広めてやれば少しはへこんで、婚約者に立候補なんかしなくなりますよというので、私たちも安心していたのですが、どこをどう間違えたのか、かえって元気一杯に婚約者に名乗りをあげましたわ。忌々しい」
「それはルテイン伯爵が義母のところに抗議に来て、脅したのです。義母は迫力に負けて私とルイス様の婚約を勝手に決めたのですわ。それでルイス様は力を得て、食堂で婚約宣言をしたのです」
私はまたもや悲しくなってきた。表情が曇る。すると、アーネスティン様が怖い顔になった。
美人が怖い顔をしても美人度は減らないけど、迫力はより一層増すわ!
「いけませんわ! ルテイン伯爵は麻薬の密輸がバレかけているので、隣国の大使ハワード伯爵と縁続きになることを狙っているのですわ!」
「そんな結婚、絶対に、許しません!」
マチルダ様が威風堂々宣言した。
……なんか、私の婚約に意見のある人が多いなあ……
「それに、もう、学園の秋のダンスパーティが近付いています!」
は? 秋にダンスパーティなんかありましたっけ?
「することにしました」
私は虚無の顔になって、アーネスティン様の顔を見たと思う。
「今度は、ローズマリー様も、婚約が調ったのでご一緒に参加されますの」
なんだかマチルダ様も楽しそう。
学園のダンスパーティは、春に開催される。
この前参加できなくて、悔し涙に暮れたあのパーティである。
次のパーティは来年の春だと思っていたのに。
アーネスティン様が嬉しそうに説明してくださった。
「恒例によればダンスパーティは年一回。学則でそう決まっております。ですが、今回初めて、秋の武芸大会にダンスパーティを付け加えるよう、父にお願いしましたの」
アーネスティン様、学園行事を無理やり変更させた? 学則の立場はどうなるの?
「エレクトラ様のお気持ちを少しでも明るくするためにはダンスパーティはうってつけですわ。元の武芸大会では、華やかさがありませんし」
武芸大会と言うのは確かにあった。でも、それは純粋に武芸を競う会で、貴族学園にはあまり関係がなさそうなイベントだった。それに出場者は、そんな浮かれたオプションは求めていないのでは?
さらに、私は多分ダンスパーティがあっても、特に気持ちが明るくなるわけではない気がする。
「武芸大会なんて、殿方の魅力炸裂ではありませんか。実は、これまでも見に行きたかったのですが、あまり女性の観覧者がいなくて行きにくかったのですわ。でも、ダンスパーティをつければ一気に見に行きやすくなります」
アーネスティン様が積極的におっしゃった。
「え? そ、そうですわね」
何? この流れ。
アーネスティン様、ダンスパーティ好き?
「そうですわ。アンドリュー様も出場なさいますの。模範演技の部でですけれど。学生ではありませんから」
マチルダ様が頬を染めておっしゃった。アンドリュー様はマチルダ様の婚約者だ。
「ローズマリー様の婚約者のヘンリー様も来られますわ。お二人は、模範演技をされるんですって」
なんだか二人はキャッキャしている。
「学園の公式のダンスパーティなら、学生の身分で出ても、誰も何も言いませんわ。武芸大会も見放題ですわ」
「いいですわねえ……」
私はつぶやくように言った。私の婚約者は、身長はとにかく、もしかすると私より体重が軽いかもしれないわ。
「エレクトラ様」
アーネスティン様が、急に毅然とした態度に改まった。
「あなたをここへお呼びしたのは、他でもありません。秋のダンスパーティに出て欲しかったのです」
「でも、私には一応婚約者候補がいますわ」
私は言った。婚約者がいる場合、婚約者以外とは踊らない。だから、最近しっかりバッチリ婚約が調ったローズマリー様は今度こそリベンジ出来ても、私の状況は同じだ。
「候補ですわよね?」
アーネスティン様が念を押した。
「それでは、いないも同然ではありませんか」
「でも……」
いないことになると、あのルイス様がしゃしゃり出てくるかもしれない。実はあの三人のことは、あまり好きではなかった。
ルイス様はルテイン伯爵に似て、ごわごわした感じの黒髪で、眉毛が逆立っていた。あと、口がなぜかおちょぼ口だ。父親と違うところは頬っぺたと唇が赤いところだけだ。残りの二人は、どうしても顔が思い出せない。しかし、顔だけならモートン様の圧勝だった。
「ご心配なく。何のために私たちがいるとお思いですの?」




