第35話 家出
私は大急ぎで家に帰った。
セバスから、義母とルテイン伯爵の対決がどういう結末を迎えたのか、きちんと聞かねばならない。
「おお、お嬢様」
セバスが、私の姿を見るや否や駆け寄ってきた。
「奥様が、お嬢様の婚約をルテイン伯爵のご子息ルイス様と決めてしまわれまして」
「信じられない! そんなことを勝手に決めるなんて!」
私は怒鳴った。
婚約者は、モートン様お一人だけでも困っているのに、ルイス様まで手に負えないわ。
「奥様にそんな権限がないことはわかっていますが……ルテイン伯爵に約束されていました」
「今日、学園の食堂でルイス様が、アンとステラ向かって、婚約者ヅラするのは止めろと怒鳴っていましたわ」
私は叫んだ。私の名前まで叫んでいたが、そこまでセバスに話す気力がなかった。
もう、私の手に負えない。
「兄を呼んできてください」
しかし、それは叶わなかった。兄は、数日前から国外に仕事で出かけていた。
「お嬢様、落ち着いて。婚約は契約です。お嬢様は未成年ですから、契約者は旦那様になります。奥様ではありません」
「父に手紙を書きますわ」
いくらなんでもひどすぎる。人をなんだと思っているのだ。勝手に婚約を決めるだなんて。
時間の無駄だと思ったものの、義母を問い詰めると、義母はさめざめと泣きだした。
「ルテイン伯爵に絶対に許さないと怒鳴られて……」
「何を許さないのですか?」
「内容は、結局、教えてもらえなかったのですが、なんでも悪い噂を流した者がいるらしくて」
あー。あれかー。まあ、あれは怒っても仕方ないかなー。
「私たちのせいだと思い込んでいるらしく、娘と結婚してやるから、今回ばかりは許してやると」
「あ、あら。よかったじゃありませんか。アンかステラと結婚して貰えば。確かルイス様は嫡子でしたわよね?」
「エレクトラと結婚すると言うのです」
「アンとステラがいるじゃありませんか……」
「侯爵家と仲が悪くては何の旨味もない、伯爵家にとっては連れ子だしと」
義母が泣き出した理由はそこらしい。
「そんなことはございませんわ。父にとっては、私よりずっと大事な方々になりましたわ」
セバスがハラハラしながら、何か知らないがサインを送っている。
何のサインだかわからない。
義母が顔をあげた。
「そうでしょうか?」
「そうですとも!」
私は力を込めて請け合った。
だって、見てごらんなさい。私は部屋をアンに巻き上げられ、宝飾品は取られてしまうため全部銀行に預けたので使えない。新しいドレスが一枚も発注できないのは、彼女たちの邪魔のせいだ。父はモートン様に私を売り、義母はルテイン伯爵家に私を売った。
それでも、我慢するしかない。
父からは何も告げられていない。
私も父の再婚なんて聞きたくなかった。その話題には触れたくない。
「ですから、実子の私よりずっと大事にしてもらえます」
私は涙が出そうになったけど、必死で我慢して義母に告げた。
「私はこの家を出て、自活の道を探そうと思っています。この家に、居場所がありません」
義母にはピンときていないようだった。
「それはモートン様と結婚するからと言うこと? まあ、あなたはいずれこの家を出るでしょうけど」
「モートン様も、父とのご縁を求めての縁談です。アンかステラで十分、いえ、アンとステラの方がずっと良いとお考えになると思います」
「まあ、そうかしら」
義母は急にソワソワし出した。
「そうかも知れないわ。あのモートンとやらも王立高等学院に首席で入学したそうね! あなたの言う通りだわ。いいかもしれないわ。アン! ステラ!」
義母はすっかり顔色がよくなり、大声で娘二人を呼び立てた。
「ルテイン伯爵はぜひともハワード家の力を借りたいとおっしゃってらしたのよ。そして、伯爵家の力でロス男爵家のロビン様、レシチン家のレオナルド様からのお申し込みは辞退させたそうよ。あの二人が求婚していることを知らせてくれてありがとうと感謝までされたのです。よかったわ。だって、いっぺんに三人と婚約は出来ませんからね」
もう、義母のことなんかどうでもいい。
何、言ってるんだかわからないし、これでルテイン伯爵がまた現れたら、言うことが変わるかもしれない。
今、頼れるのは、私を使って利益を得たりすることがない、いつも穏やかで変わらないアーネスティン様やマチルダ様、ローズマリー様たちだ。
私は家を出て、走って行った。
「エレクトラ様ーっ」
セバスの声がしたが、とても遠くから聞こえるようだった。




