第34話 うっかり婚約発表
「確かに確かに、さすが王弟殿下のご令嬢だけあります! 威厳があって、どうでもこうでもアーネスティン様のおっしゃることは全部正しい気がしました!」
地方の有力者の娘だけれど貴族ではない、眼鏡をかけてクルクル巻き毛のアラベラ嬢も熱心に言った。
食堂から出て行っただけなのだけど。それと、おかげで話の肝心な部分を聞き損ねたわ。
「いいえ。エレクトラ様は、いらっしゃらなくて本当によかったです」
アイリス嬢が真顔で言った。
「ルテイン様も、あらぬ噂とやらを広げられて、気が立っていたのでしょうけど、ハッキリあからさまにご自分の性癖の内容を説明の上、否定してらっしゃいました」
ううむ。言っちゃったのか。あとで、父上に人前で言うような内容ではないとか叱られないかな。
「自分はそんな性癖の持ち主ではない、ノーマルだと言うお話でした。噂を知らない者もみんな聞き入っていましたわ」
それって、自ら自分のマズい噂を広げて歩いているだけなのでは?
「ところが、アン様から疑義が入りまして」
「疑義?」
「要するに質問ですわ。男の方がお好きだったのですかって」
「それはまた。違う方面へ誘導したわね」
私はさすがにルイス様が気の毒になってきた。
「どうやらアン様もステラ様も、噂を全くご存じなかったようで。まあ、もしかすると、嫌がらせでわざとお聞きになったのかもしれませんけど」
アンもステラも普段の行動がよろしくないので、悪意的な解釈をされるのだ。
しかし、ある意味、善意に解釈し過ぎだ。アンとステラに嫌がらせを思いつくだけの脳みそはない。言うことが嫌がらせにしか聞こえないので、結果は一緒だけど。
「ルイス様が怒りに任せて、ご自分は女性被虐待趣味やデブ専ではないと大声でおっしゃられたところ、アン様が、それはどういう意味ですかとお聞きになられたのです」
デブ専はとにかく、女性被虐待趣味の説明はなあ……。
「そんな疑いをかけられたら、訂正したくなるのは仕方ないのではありませんか? 本人によれば違うそうですわ。エレクトラ様、よかったですわね」
アラベラ嬢は慰めるような口調で言ってくれたが、よかったですわねとは何がよかったのか? それに私は慰められる立場ではないんだけど?
「あら。だって、ルイス様は、あなたのお義母様に、エレクトラ様を婚約者として認めてもらったと自慢そうに宣言してましたけど?」
一瞬、意外過ぎて理解が遅れた。
「なんですって?」
私は机に手をついて、ガタンと音を立てて立ち上がった。
ガタンと言うのは、座っていた椅子がひっくり返って倒れた音だ。
「私の婚約者はモートン様の予定です」
私は声を上ずらせて、強い調子で宣言してしまった。
「「まああ!」」
アイリス嬢とアラベラ嬢は驚いたが、次に真剣に嬉しそうな顔になった。
「婚約していらっしゃったのですか?」
「全く存じ上げませんでしたわ!」
「さすが伯爵令嬢! 婚約者がおいでとは! なんだか憧れますわあ」
「すてき!」
ものすごく興味を持たれてしまった。
「いや、あの、それはその……」
私はごにょごにょ言った。モートン様の出してきた、条件付き婚約と言う契約の内容
が、いまいちはっきりしないので、あれを正式に婚約と言っていいものか。
私は最初、王立高等学院への入学がその条件なのだと信じていた。だが、合格を誰も問題にしなかった。婚約発動の条件って、合格ではなくて別な条件らしい。何が婚約発動の条件になるのか、わからないままだった。
それに二人とも、イケメンの婚約者を期待してるのじゃないかしら。幼い少年との婚約はなんて知られたくない気がする。
二人はとてもとても婚約について聞きたそうだったが、私はホホホと笑ってごまかした。
お誕生日会で出会ったんですとでも言っておけばいいのかしら?
いや、そんなことを考えている場合ではない。
「家に……家に帰ります」
「ダブル婚約者発生問題勃発ですのね。うらやましいですわ」
「婚約者は一人でなくてはなりませんものね」
アイリス嬢とアラベラ嬢だけではなく、教室中が私を興味津々、生暖かく見守ってくれていた。




