第29話 ドレスがない
あのアーネスティン様の大邸宅でのお茶会から月日は過ぎたが、何事も起きず、私はお茶会でのアーネスティン様の宣言なんか、ほぼ忘れていた。
ルテイン伯爵家のルイス様、ロス男爵家のロビン様、レシチン家のレオナルド様も鳴りを潜めていたので、もうあきらめたのだろうと思っていた。
私は、それよりドレス問題で悩んでいた。
ウチの使用人たちは、みんな私の味方なので、生活はとても快適だった。
義姉が私の部屋をかき回しても、突然、使用人のうちの誰かが私の部屋に入ってきて「何かお困りですか? お手伝いしましょうか?」と義姉に声を掛けてくれるからだ。
義母が、腹立ち紛れに躾と称して私の食事を抜けと命じても、まず、セバスがいかにも奥様の心配をしています、みたいな調子で抗議した。
「わたくし共はとにかく、お嬢様が旦那様におっしゃるのではないでしょうか」
「悪いのはエレクトラです! 王弟殿下のお屋敷に招待されたなんて、身分知らずもいいところです。本当なら、アンとステラが招かれるべきなのに!」
お招きする気がないからでしょう、と言う点を話し合っても堂々巡りになるだけなので、そこはサラッと無視して、セバスは言った。
「食事を食べさせてもらえなかったとお嬢様が訴えられたら、旦那様はお怒りになると思います」
「お前たちがやったと言いなさい。私は悪くありません」
これを聞いた使用人一同は、顔色青ざめ怒りに震えた。セバスは答えた。
「お嬢様に食事を出さないと、私ども、全員、旦那様に解雇されると思います」
「そんなことは知ったことではありません」
ツンとして元侯爵夫人、現伯爵夫人は部屋を出て行く。
義母のこの行動はいっそありがたかった。
上はセバスから、下は日雇いの洗濯女まで、全員私の熱烈な味方になってくれたからだ。
使用人たちの溜まり場では、義母と義姉たちは毎日のように悪口を言われ、彼らは私に本当に良くしてくれた。
私の食事を抜くだなんてとんでもない。
心の優しい人たちなので、
「アン様とステラ様の食事を抜いた方がいいんでないかい?」
「お二人とも重量オーバーだからなあ。椅子が重みに堪えかねて壊れて、腰骨を折ったり、背骨を折ったり、頭蓋骨損傷しなきゃよいが」
などと、とても具体的に義姉たちの心配までしてくれるのだ。
しかし、至れり尽くせりの彼らを以てしても、どうにもならなかったのが、ドレス問題。
ドレスメーカーは、当家の事情を知らない。
注文の途中で、アンとステラが乱入してきて、強引に自分たちのドレスに変更させてしまうのだ。
同じ家の娘たちが発注するのだから、初回は大ニコニコで承ってくれた。
ちなみに会計は別なので、後で義母がカンカンになって、娘たちではなくセバスを叱りつけた。
「あなたが呼んだのだから、伯爵家の費用で払ってちょうだい」
「旦那様の許可が出ましたら」
連れ子だからなのか、どうも父の許可は出ない仕組みらしい。結局、アンとステラのドレス代は義母が支払ったが、いつもかなり渋い顔をしていた。
だが、アンとステラは派手なドレスが大好きだった。
最初は、理由がわからなかった。当分ダンスパーティもないし、どこかのお茶会に招かれたとも聞いたことがない。着ていく先がないのでは? 何のためにあんなに熱心にドレスを作っているのかしら?




