第27話 アーネスティン様の事情聴取と王弟殿下の影
この話は瞬く間に広がり、大炎上した。
私の三人の友人たちの中で、である。
「あの方たちはどなただったのかしら?」
翌日、いつものように帰宅前に食堂の片隅で話をしていると、ローズマリー様がおっとりとお尋ねになった。
「あの方たちとは?」
誰のことかしら? と思ったが、アーネスティン様、マチルダ様の目つきがサッと真剣になって、私は驚いた。
「ほら、昨日、食堂でお話しなさってらした方々ですわ」
「あの方たちは……ルテイン伯爵家のルイス様、ロス男爵家のロビン様、レシチン家のレオナルド様ですわ」
私はすらすらと三人の名前を言った。さすがに名前を記憶してしまった。
「なんのお話をなさってらしたの?」
ローズマリー様にしては珍しく、突っ込んできた。
「ええと、あの……」
説明するとなるとめんどくさいな。長いし。それにどう聞いても家の恥だ。
するとアーネスティン様がおっしゃった。
「では、皆様でこの後、私の家へいらっしゃいな。うちの馬車なら全員乗れますわ」
すると残りの二人がサッとドレスの裾を翻して、アーネスティン様の馬車向かって歩き始めた。
どうして学校に来るのに、そんな乗合馬車みたいな大型馬車で来るかな?
しかし、おかげで長いドレスの令嬢四名が、見事に一台の馬車におさまった。
こうなるとドレスがみすぼらしいのが目立つので困る。私以外、誰も気にしていないみたいなのでいいけど。
いつものことだが、王弟殿下の馬車はめちゃくちゃに目立つ。
ガラガラと校門へ近づくと、声が聞こえた。
「まあ、ご覧になって。アーネスティン様のお帰りだわ」
「今日はお友達もご一緒なのね」
「選ばれた方々って感じですわ」
「ご一緒できるだなんて、本当に羨ましい」
こう言った声があがるのはいつものことだけど、四人が一緒の馬車で学園から帰るのは珍しい。
まあ、アーネスティン様のご提案なので、黙って従うことになるんだけど。
王弟殿下のお屋敷は凄かった。
王都にあるというのに、門からお屋敷の玄関までかなりある。さすがに郊外のお城ではないので、延々と続く並木道なんかはなかったが、門から玄関まで百花繚乱の幾何学模様の花壇になっている。庭師、大変そう。
「さあ。こちらへ」
お邪魔するのは初めてではないが、毎回ビビる。しかも今回は突然だ。大体、何日か前に招待されて、そのつもりで伺うのだが、今日は突然なので心の準備ができていない。
お嬢様用の客間へ入り、お茶の用意が整うと、早速マチルダ様が尋ねた。
「食堂であの方たちと何のお話があったのですか?」
「目立ってましたわ。なぜか謝っていらしたわね。何があったのですか?」
ローズマリー様も聞いてきた。
そりゃ知らない男性三人と食堂のような場所でお話しするなんて、目立ちまくりだと思う。
「でも、非がこちらにあったものですから」
「どう言うことですの?」
三人の高貴な方々から詰め寄られて、私は洗いざらいしゃべってしまった。
そして三人の高貴なご令嬢方は、激怒したらしい。
「だからと言って、あんなところでご縁を求めるとは!」
「もっと穏やかなやり方を思いつかなかったと言うのでしょうか。強硬なやり方だと思います。エレクトラ様への敬意と配慮の不足を感じますわね」
「それとなくご縁を求めるなら、まだ許せますが、あれはございませんわ」
「女性に謝らせるとは! ずいぶんと紳士的な方々ですわね」
三人とも怒ってる?
しかも、怒りの矛先は義母じゃないの?
男性三人の方は、割とまともだと思うのですが。
「ダメですわ。論外ですわ」
なんとローズマリー様がアウトの判定を下した。
「悪いのは、エレクトラ様ではございません。謝罪を受ける権利などありません」
「それなのに、あんな場所で公開謝罪などと!」
マチルダ様も言い出し、アーネスティン様は厳しい顔をして唇を引き結んでいる。
言われてみれば、全部悪いのは義母で、私はむしろ被害者だ。私が謝るのはおかしい。ローズマリー様たちのおっしゃる方が正しい気がしてきた。だけど、所詮、私ひとりが謝れば済む話で……
「エレクトラ様!」
いつもおっとりした、お人形のようなローズマリー様が突然厳しい声を出して、私は飛び上がるほど驚いた。
「あなたが謝る必要はありません。それは正しいことではありません」
「そうですわ。私たち、エレクトラ様が理不尽な扱いを受けるたび、心を痛めてきました。ですけれど、今回のことはあんまりですわ。ひどすぎます」
マチルダ様も言い出し、最後にアーネスティン様が言った。
「そうですわ。エレクトラ様はお優しいからいつでも、自分が悪いことになさる傾向があります。確かにことによっては、柔軟な対応だと思う場合もありましたが、この度のことは許せません。父の影に頼みましょう」
父の影?
私がわからないと言う顔をしたのが分かったのだろう。アーネスティン様は、ニコリとほほ笑みながら解説した。
「王弟の家には、人目に付かずにことを始末する影の部隊がおります。もちろん国王陛下一家ほどの規模ではありませんが、それでも不埒な手合いを再起不能にするくらいなら十分以上の力がありますわ」
ことを始末するとは?
「抹殺するのですね?」
目をキラキラさせながら、ローズマリー様が尋ねた。マチルダ様が大きくうなずき、アーネスティン様がフッと笑った。私は背筋が凍った。
「大丈夫よ。エレクトラ嬢。社会的に抹殺するだけで、命までは取りませんから」
マチルダ様がやさしく慰めてくださったが、慰めになっていない気がする。
お付き合いしたいと要望を出したら、希望と違う人物をいきなりお勧めされて、だまし討ちに遭ったような気分で訳が分からず事情聴取したら、王家一族ににらまれて闇討ちの計画が進行中って、理不尽じゃないだろうか。
「ホホホ! 覚えていらっしゃい! 私たちのエレクトラ様にした仕打ち、倍返しにしてみせますわ!」




